渦戦士エディー

<鉄男の戦い>

続・魔法陣の怪物

 

<一>生きている鉄屑

ガシャン!

ガシッ!

グァシャッ!

普段は静かな林の奥から場違いな音が聞こえてくる。

自然豊かな緑の向こうから耳障りな金属音だ。

 

「何をしておる?」

地の底から聞こえるような不気味な声が木々の間から漏れてきた。

木陰から姿を現したのは身長2mほどもあろうかという大男だ。

青白い顔には皮膚も肉もない。シャレコウベだ。

その額からは一対の太いツノが伸び、憎しみに吊り上がったような両目は赤い光を帯びている。

金色の頭髪は後頭部へ流しており、肩からは同色のケモノのマントが垂れている。

徳島に仇為す悪の秘密結社ヨーゴス首領タレナガースである。

「御覧の通り、弱い者いじめじゃ」

応えたのは毒虫の如き紫の鬼女だ。いびつに吊り上がった目は恨みに満ちている。

タレナガースの右腕。極悪非道を以て信条とするヨーゴス軍団の大幹部ヨーゴス・クイーンである。

ヨーゴス・クイーンは楽しくて仕方ないというふうに首領を振り返った。

毒でひきつった顔がいやらしく笑っている。

見ると何やら人形のようなものを蹴飛ばしている。

ガシャン。

驚いたことに、蹴り飛ばされた人形は地面にゴロリと転がるや、自分でヨロヨロと起き上がって来るではないか。

その体は何やらいろいろな金属部品の寄せ集めのようだが、誰かに操られているのか?それとも自分で動いているのか?

しかも頭、胴体、左右の腕と足といった正常な人間の形を成していない。

体長は約60cmほど。

ソフトボール大の頭に真ん丸な目がひとつ。

ゆるく湾曲した胴体は歯車を収納するギアボックスのようなもので出来ており。足はなく、胴体の右側面から細いマニュピレーターのような腕が一本伸びている。

非常に不格好でバランスが悪そうだ。

細い腕と胴体の底部でうまく立ち上がるが、足の無いその歩みはまことにおぼつかぬ。

そこをまたヨーゴス・クイーンが容赦なく蹴っ飛ばす。

それを何度も繰り返しているのだ。

「いつものように夜のお散歩を楽しんでおったら、何やらガシャンガシャンと妙な音がするゆえ見てみるとこやつが不器用な格好で歩いておった。はじめはゼンマイのおもちゃかと思うたのじゃが、よく見るとこやつ、生きておる」

ヨーゴス・クイーンはその奇妙な「生き物」のアタマを掴んで持ち上げた。

「生ける鉄屑じゃ。こんなヤツが生きておるならいじめるしかあるまい」

当然じゃという口ぶりだ。

タレナガースはしばらくその奇妙な金属の生き物を観察していたが、不意にその目に好奇の光が灯った。

「よこせ」

タレナガースはその生ける鉄くずをクイーンの手からもぎとると、胴体のギアボックスにクマのごとき鋭いツメをひっかけた。

その時初めてその鉄屑は嫌がるそぶりを見せたが、魔人は構わずギアボックスをメリメリメリと引き裂いた。

「それは?」

タレナガースの傍らにヨーゴス・クイーンが顔を寄せてギアボックスに内包されていたものを覗き込んだ。

そこには赤熱光を発する長さ20cmほどの物体が入れられていた。

「これは。。。」

象牙のようにも見えるが?

好奇心旺盛なヨーゴス・クイーンが手を伸ばしたが、触れる寸前にタレナガースが無言でその手を制した。

「これは牛頭のツノの欠片じゃ」

「なんと、あの牛頭かや?」

驚くヨーゴス・クイーンにタレナガースは無言で頷いた。

「あの時、赤いエディーにへし折られた片方のツノから剝離した欠片であろう」

よく見ればツノの欠片のいたる所から細い繊維状のものが伸びて筐体のギアボックスを経由して頭部や腕にまで届いている。

今やこのツノの欠片がこの奇妙な生き物の動力源であり頭脳なのだ。

丸い頭にひとつだけ開いている大きな目がじっとタレナガースを見ている。

「何じゃ、なんぞ言いたげじゃのう。何が言いたい?」

しかしこの体には音声を発する機能は無い。

ただじっとタレナガースを見るのみであった。

 

時々何かの映像が幻のように浮かんだ。

まるで彫刻のように盛り上がった筋肉。

首も。胸も。肩も。背中も。腕も足も。

それ自体がまるで鎧のような堅固な筋肉を纏っている。

一瞬の映像だ。

そんな幻覚を何度か見ている。

あれは誰だろう?

時には誰かの声が聞こえた。

「。。。。。じゃ」

「。。ん。。。くたいじゃ」

途切れ途切れで何を言っているのかわからない。

だが先日、自分の体を無理やりこじ開けて中を覗いたあいつ。

声の主はあいつだと思う。

あの不気味な声は間違えようがない。

そして何よりあの禍々しい気配。

間違いない。

あの後でヤツは言った。

「我が名はタレナガース。貴様をこの世に召喚した者である。これより貴様に名を与えよう」

あいつは。。。タレナガースは、そのおぞましい顔を近づけて言った。

「鉄男と名乗るがよい」

妙な名前だが、なぜかあのタレナガースの言うことに逆らおうとは思わなかった。

逆らってはならない気がした。

自分の断片的な記憶に出てくるタレナガース。

ヤツは何と言ったのか?思い出せない。

だがひとつだけ今の自分にもわかることがある。

この体ではだめだ、ということだ。

カシャン、カシャン、カシャン。

よろめきながら歩き続ける。

足元に注意しなければ、小さな石ころやちょっとした地面のくぼみですぐに転んでしまう。

ここはどこだろう?

丸いひとつ目がグルリと回って上を見たが、自分より背が高い草や灌木が視線を遮っていた。

顔面で草をかき分けながら、今度は己の胸のあたりに視線を落とす。

あの時タレナガースに剝がされるように開かれた胸の機械ボックスは、タレナガース自身の手でまた閉じられていた。おかげで胸の奥の熱い何かはまだここにある。

おそらく自分を動かしているのも、微かな記憶の断片を見せているのもこの胸の中の物体であろうとぼんやり思う。

だがこれがかつて渦戦士エディーの眉間のクリスタルを一撃で割った牛頭のツノの欠片だなどということは、この不細工な鉄屑生命体「鉄男」にはわかろうはずもない。

とにかく。。。

何をさておき。。。

―――ちゃんとした体を造らねばならん。

それをずっと考えていた。

 

「鉄屑泥棒だって?」

トーストをほおばったヒロのくぐもった声がした。

いつものカフェの一番奥のテーブル。

ヒロとドクの定位置だ。

このカフェに何度か足を運んだ客の中には、空いていてもこのテーブルには座ろうとしない者もいる。

4人掛けのテーブルの上には地元の朝刊が広げられ、向かい合わせに座るジャージ姿のヒロとドクが隅から隅まで読んでいる。

注文したモーニングセットの厚切りバタートーストは隣のテーブルに置かれているため、ふたりで都合6人分のテーブルを占拠している。

だが今朝に限ったことではない。マスターも目をつぶっている。今のところは。

「ね、この記事読んでみて」

ドクがテーブルの上に広げていた新聞を取り上げてヒロに「ほらこれ」と見せた。

県西部の金属買い取り業者で保管していた鉄屑が大量に盗まれたという。

「廃棄されたパソコンのハードディスクまで被害に遭ったのか」

「手あたり次第って感じね。かなり大量に持ち去られたみたいだわ」

「被害は相当な額にのぼるようだなあ。気の毒に」

どこから侵入してどうやって運び出したのか、その手口がまったくわからない。買い取り店の店主は首をひねっているそうだ。

店主の自宅は保管場所のすぐ隣にあり、これだけの金属商材を運びだろうとすればどうしても重機を用いなければならず、深夜に稼働させれば必ず気づくはずだと言う。

保管場所は露天でガルバリウムの壁で囲われている。監視カメラは3カ所に設置されているが重機などは映っていないという。

不思議なことに監視カメラの画像を確認しても誰がどうやって運び出しているのかがわからないらしい。

記事によれば、積み上げられた金属商材の山がまるで手品を見せられているように次第に小さくなっていったと書かれている。

「そんなことってあるのかなぁ?」

ドクなら何か気づいたことがあるかもしれないと思ったヒロの問いは、むなしい一方通行に終った。

「とにかく現場へ行ってみましょう」

何を調べるにしても現地へ行ってその場に立たなければ始まらない。

ドクのポリシーだ。

そうと決まれば。。。

「マスター、おしるこセットふたつ!」

 

<二>金属の体

「おかしな所は無いなあ」

鉄屑の盗難被害にあった買い取り業者の商材置き場をくまなく調べたエディーはあたりを見回して呟いた。

しばらく待っていると事務所からエリスが出てきた。愛用のタブレットを持っている。

「監視カメラの映像、借りられたかい?」

「ええ。ここにダビングして可能な限り鮮明化させてみたわ」

エリスはタブレットをポンポンと叩いて見せた。

「エディーも一緒に見て」

そういうとエリスはタブレットの動画をスタートさせた。

当然のことながら監視カメラはひと晩中作動している。だが動体検知センサー内蔵のため、何か動くものを検知した時のみ録画を開始するシステムだ。

みっつの監視カメラすべてを合わせても録画映像は40分ほどである。

ネコやカラスが敷地内に入ったことで稼働した部分を除けばほんの30分程度の映像である。

しかしその中に人の姿は皆無であった。

だが。。。

「おや、これは?」

エディーはタブレットに映し出されていた映像を慌てて止めた。

午前2時23分。

監視カメラのセンサーを目覚めさせたのは妙な形をした機械の部品のような物であった。

ガルバリウムの塀の小さな裂け目から転がるように敷地に入ると、ヒョコヒョコとよろめきながら鉄くずの山に近づいた。

塀から鉄くずの山までわずか2〜3m。その距離を、それは約3分かけて近づいた。

「おもちゃかな?」

「誰かが塀の向こうからリモート操作しているのかもしれないわね」

新聞記事には書かれていない事象だ。

「小さいし、そもそも人じゃないから店主も早送りして見逃していたみたい」

ふたりはじっと映像に見入っている。

それは積み上げられた鉄屑の山に辿り着くとその上にバッタリと倒れ込んだ。

そこからは鉄屑の山の陰に隠れて見えなくなった。まるで鉄屑が自分でやってきて仲間入りしたような感じだ。

しかし、それからしばらくして鉄屑の山の頂上が微かに傾いた。

おそらく山積みの資材の底の方に隙間ができたためだろう。

かき氷の底をすくった時のように、てっぺんが次第に崩れ落ちてゆく。

「鉄くずの山が小さくなり始めた」

午前2時34分だ。

それから約20分の間に鉄くずの山はみるみる小さくなり、最後には今の状況のようになってしまった。

「これが一部始終か。。。」

タブレットから視線を外そうとしたエディーをエリスが「待って」と引き留めた。

「ここ見てて」

エリスは画像の一番左下の隅を指した。

1分後。

「うん?」

隅で何かが動いた。

一瞬だ。監視カメラの視界ギリギリの所を何かが横切ったのだ。

そしてすぐに死角へと消えた。

「何だったんだろう?」

エディーとエリスは思わず顔を近づけた。

「猫やカラスじゃなかったよね」

「人の頭のように見えなくもなかったわ」

仮にこれが人だとすれば恐らく犯人なのだろう。しかしいったいどこから侵入したのだろう?

映像を見終わったエディーとエリスは顔を見合わせた。

「塀の外から現れたあれが一体何だったのか?そして最後に出て行ったあれが何なのか?」

今のところ手掛かりになりそうなのはこれだけだ。

「もう一度この映像を可能な限り鮮明にして状況を精査してみましょう」

エディーは足元に落ちていた鉄製の部品をひとつ拾い上げた。

一部分が高熱で炙られたかのように溶けて変形している。

「溶けているのか?」

その言葉を聞いたエリスがはっとしたようすでエディーの持つ部品を見た。

「確かに溶けているわね」

エリスは何かを探すように下を向いて鉄屑の山の周囲を歩いていたが、すぐに1mほどの鉄パイプをひとつ拾ってきた。

「これ見てエディー」

鉄パイプは片側がいびつに変形している。

「溶けたのよ。他にも変形している部品やパイプがいくつか落ちているわ。犯人は鉄屑を溶かして運び出したのかもしれない」

「確かにね。いや、しかし。。。」

仮にエリスの言う通りだとしても謎は残る。いやそれどころか何も解決していないと言っていい。

この鉄屑を何のために、どうやって溶かして、どうやって運び出したのか?何ひとつ答えられないではないか。

「とにかくここで調べられることはもう無いわ。お仕事の邪魔だから失礼しましょう」

ふたりは店主に礼を述べると2台のバイクで次のパトロールポイントへ向かって走り去った。

 

「イノシシだぁ!」

「危ないぞ、逃げろ!」

「外に出るな!家に入れ!入っていろ!」

「そっちへ行ったぞ」

「きゃああ助けてぇ!」

静かな住宅地に住民の怒号と悲鳴が交錯した。

アスファルトの道路を黒く巨大な生物が駆けている。

2m近いイノシシの成獣だ。

空腹のせいか?

人間の生活圏に迷い込んでしまった困惑のせいか?

いずれであっても、住民の悲鳴がその興奮度に拍車をかけていることは間違いあるまい。

フーフーと鼻から息を噴き出しながら遮二無二走る。

ドォン!

バキッ!

駐車してあった乗用車に体当たりして横転させ、道路標識のポールをひん曲げた。

警察はまだ到着していない。

だがやって来たところではたして警官たちにこの走る200kg爆弾を止めることが出来ようか?

やがて警官たちが網や捕獲用の大きな籠などを持って駆けつけた。

物々しい気配を感じ取ったのか、イノシシは国道に走り出た。

このままでは走ってきた車とぶつかって大事故になりかねない。

警官たちや遠巻きに見ていた住民たちは慌てた。

数十メートルほどイノシシを追ったところで前方に人影が見えたのだ。

しかも背の高さからして小学生と思われた。

皆、声を枯らして叫んだ。

「あぶなぁぁぁぁぁいぃぃ!」

「坊や逃げろぉぉぉぉ!逃げろぉぉぉぉぉ!」

「早く!早く!どっかへ入れ!早く!早く!」

だが当の子供はまるで無反応だ。迫るイノシシに背を向けてゆっくりとした歩調を変えていない。

突進する大イノシシは今まさに重機の如き勢いで幼気な小学生を遥か天空へ跳ね上げんと頭を下げた。

皆が顔を背けた直後、ドシィンという音と共にイノシシがブヒャッ!とひと声鳴いて動かなくなった。

―――子供は、子供はどうなった?

大きなイノシシの影になって子供の姿は見えないが、前方または上方へ飛ばされたようすはない。

そこにいる全員がフリーズしたネット画像のように凍りついていた。

数秒後、大イノシシは四肢をカクンと折り曲げてドォと路上に崩れ落ちた。

その瞬間、倒れたイノシシの頭上あたりにどす黒い雲が沸き上がり、霧となって周囲に満ちた。

「何だあの霧は?」

そのどす黒い霧は風に乗って、小学生を心配して駆け寄ろうとしていた警官たちの方にも流れてきた。

「うっ」

「気持ち悪い。。。」

ほんのわずかこの霧を吸い込んだだけで皆吐き気を催した。

「みんなさがれ、この霧おかしいぞ」

子供が気にかかったが、まず我が身の安全を確保するのは救助の鉄則である。

黒い霧は数分で風にかき消された。

そろそろと前進した警官たちが目にしたのは鼻面を無残に潰されて絶命しているイノシシだった。

「これはいったい?」

まるで全速力で頭からコンクリートの壁にでも激突したかのようなひどい傷だ。

「あの子供はどうした?」

警官たちはしばらく周囲を見て回ったがあの小学生らしき姿はどこにもなかった。

 

そこから数キロ離れた山の中。

人の手が入っていない鬱蒼とした森の中に、先刻イノシシの周囲に沸き起こったと同じ黒い霧が突如流れ出た。

不気味な霧は周囲数メートル四方を包み込み、ゆるゆると渦を巻くその霧の中からふたつの人影がぬぅと現れた。

ひと言でいえば大と小。

大は2m近くある長身。タレナガースだ。

小は小学生高学年ほどの背丈。だが常人ならば吐き気を催す霧の中から魔人タレナガースと共に平然と現れるとは、どうも普通の小学生とは思えない。

この小学生は全身金属で出来ていた。

「ふぇっふぇっふぇ。だいぶ見映えが良くなったではないか。それにしてもあの大きなイノシシを一撃で屠るとはたいした破壊力じゃ」

タレナガースは小学生の真正面に立つと上から下まで無遠慮な視線を一往復させた。

「のう鉄男よ」

鉄男。。。そう、これはつい先日ヨーゴス・クイーンが蹴ったり投げたりして虐めていたあの鉄男だったのだ。

だが、あの時の安っぽいおもちゃのような姿は大きく変貌を遂げていた。

大人とまではゆかないが、身長は150cmあまりある。しかもそれなりに人の形をしている。

まだ頭部が少し大きくてバランスが悪そうだが、以前の不格好な姿とは雲泥の差だ。

離れた所からその後ろ姿を見れば、小学生と見間違うのも無理はない。

実のところ、先刻町中で警官たちが心配した後姿の小学生はこの鉄男であったのだ。

長身のタレナガースが真上から鉄男の頭頂部をガシリと鷲掴みにするとそのまま持ち上げようとした。

「む?」

だが上がらない。

身長150cm程度の人間にしては重い。異様に重い。

「ほほう、さすがに鉄屑の山をひとつ吸収しただけのことはある。イノシシも鉄屑の山に全速力で突っ込んでは、そりゃぁ助からぬわのう。ふぇっふぇっふぇ」

大イノシシが背後から突っ込んできた時、鉄男は振り向きざまに右の拳をその鼻面に叩き込んで斃したのだった。

タレナガースは持ち上げるのを諦めて膝を折った。

保育士が園児にやさしく語りかけるようにしゃがむと鉄男の体を覗き込んだ。

頭のてっぺんからつま先まですべて鉄で出来ている。しかも前回見たギアボックスだけの体ではない。

頭部にはまるで内部をガードするかのように細かい歯車がいくつも貼りついている。

誂えたものではなく積み上げられた鉄屑をランダムに使って拵えた顔と体ゆえ、左右は非対称だ。左目は丸いが右目は四角い。

赤や青のコードがあちらこちらから露出していてまるで血管が飛び出しているようだ。

タレナガースは鉄男の胴体に掌を当てた。

熱を感じた。

以前貧相な胴体を力任せに開いて見た、あの牛頭のツノの欠片が今でもこの体を維持しているのだと察した。

「クイーンよ、見よ。こやつは鉄屑の山を溶かしてここまでに体を造り上げたのじゃ。鉄がぎゅっと詰まったこのうえなく密度の濃い体ぞ」

「なんと、見上げたものじゃ」

「しかもただ鉄屑が固まっておるのではない。この小さな体の中には高性能な装置がぎっしり詰め込まれておる。こやつが設計したわけではなかろうが、こういう機能の装置が欲しいと念じただけでそれが出来上がっておるのじゃろう」

「ほへぇ。ならば声を出したいと思うだけでそういう発声装置が、物をよく見たいと思えばそういう装置が、思いに応じて勝手に出来上がっておるのかや?」

「そうじゃ。おそらくこの頭部にはパソコンのハードディスクも内蔵されておるはずじゃ。そこに残されたデータもこやつの人格形成にひと役買っているに違いない」

「オマ。。。エ。。。ダレダ?」

喉のあたりから人工音声が聞こえた。

「本当じゃ。そなた声を出せるようになったのじゃな。妙な声じゃが」

ヨーゴス・クイーンは益々興味津々のようだ。

「余はタレナガース。この地に仇為すヨーゴス軍団が首領じゃ。その記憶装置にしっかりと刻み込んでおくがよい」

タレナガースとヨーゴス・クイーンは鉄男の周囲を回りながらこの鉄屑人間を興味深げに品定めした。

「で、こやつ強いのかえ?」

そう。結局はそこだ。

ヨーゴス・クイーンの目が怪しく光った。

「知りたいか?ならば見せてやろう」

タレナガースが言うなり鋭いツメを光らせて手刀を鉄男の喉めがけて突き出した。

鉄男は素早く体を真横にしてその一撃をかわすと文字通りの鉄拳をタレナガースの胸に叩き込んだ。

その一撃をよけず敢えて胸板で受けたタレナガースは「ぐぅむ」と呻った。

思いのほか重いパンチだ。一瞬タレナガースの足が止まるほどにズシリと来た。

―――ふぇっふぇっふぇ。子供の背丈と思うて甘く見ると痛い目を見るようじゃ。

タレナガースは大ぶりの左フックを相手の死角から撃ち込んだ。

ジジ。。。

パシッ!

だが鉄男はその拳をしっかりモニターしていたようで、タレナガースのヒグマのごとき拳を片手でこともなげに受け止めた。

そしてその腕を己の両腕で抱え込むとグイと逆関節に決めて2mの巨体を地面へ転がした。

「おお、タレ様が劣勢じゃ」

ヨーゴス・クイーンが手を叩いてピョンピョン跳ねている。

だがタレナガースは投げた鉄男の腕を逆に掴むと体を起こしざま肩に担いで背負い投げを試みた。

ひと山分の鉄くずの重みがズシリと肩にのしかかる。

むおおおおおおおおお!

タレナガースは気合もろとも鉄男の体を宙に浮かせた。

自分の足の裏が地面から離れた瞬間、鉄男の目が大きく見開かれ、機械人間の顔に驚愕の色が浮かんだ。

タレナガースはそのまま腰を入れて鉄男を肩越しに投げ捨てた。

グァシャーーーーン!

自重が仇となってもの凄い衝撃が鉄男の動きを止めた。こんなダメージは予想もしていなかったのだろう。衝撃への備えがまるでなっていないようだ。

「グ。。。ギギ。。。」

地面に大の字に倒れている鉄男の顔面をタレナガースの大きな手が掴んだ。

鉄男は観念したのか、それ以上動こうとはしなかった。

ほんの数十秒の戦いであったが、鉄男はいろいろと学習した。

「ふぇっふぇっふぇ。生まれて間もない赤子にしてはよう戦った。じゃが、イノシシは屠れても余やエディーめには到底勝てぬ」

タレナガースは傍らでしょんぼりしているヨーゴス・クイーンを横目で見て舌打ちをした。

「そなたは余が負けそうになると喜ぶ妙なクセがついたのう」

「エディーめと戦っておる時はタレ様の味方じゃ。安心なされよ」

「ケッ、条件付きの味方かや」

プイとそっぽを向くヨーゴス・クイーンに「やれやれ」と首を左右に振ると、タレナガースは眼下に組み敷いた鉄男に視線を戻した。

「今でもその方はじゅうぶん強い。じゃが、もっともっと強くなれる」

タレナガースは仰向けの鉄男に顔をグイと近づけて言い聞かせた。

「まずは完璧な体を手に入れねばならぬ。貴様の前身であった牛頭の如き完璧な肉体を取り戻すのじゃ」

その言葉を聞いた時、鉄男は「はっ」とタレナガースを見た。

無くしていたパズルのピースが今パチンとはまった。

「。。ん。。。くたい」

古い記憶にあった途切れ途切れの言葉、それを語った声の主。

それはタレナガースが言った「完璧な肉体」という言葉だったのだ。

―――そうだ。完璧な体を手に入れなければ。

「余の言うことを聞いておれば完璧な体を取り戻せる。そして必ず強くなれるのじゃ。しかと覚えておけ」

それからタレナガースが語ったことは、まるでデータがインプットされるかのようにひと言ひと言鉄男の「脳」に刻み込まれていった。

 

<三>コソ泥参上

「まいるぞ」

そう言うとタレナガースは鉄男を従えてとある建物の正面入口へ近づいた。

鉄男はタレナガースの30cmほど左後方を黙って歩いている。

月も出ていない深夜。近くには街灯も無い。

それはコンクリート製の2階建て。箱を縦に2つ積み上げたような建物で、看板のひとつも掲げられていない。

壁もドアもグレー1色の、この殺風景な建物に興味を示す者などおるまい。

入り口は鉄製の重そうなドアひとつ。

ドアノブの脇に小さなテンキー錠がある。

タレナガースがアゴで鉄男に指図する。

鉄男は無言で前へ出るとテンキーボックスに掌を当てた。

すると、胸のあたりがボゥと赤く光り、数秒でテンキー錠が突然パンッ!と火花をあげてはじけ飛んだ。

鉄男は自身の体内から超高熱をテンキー錠へ送り込み、一瞬で電子錠を破壊して解錠したのだ。

そしてゆっくりとドアノブを回して建物の中へ入った。

1階には事務机とイスがいくつか並べられているが、人が使っている気配はない。

タレナガースも身を屈めながらそれに続く。そのまま無人の事務所には目もくれず地下へと続く階段へ真っすぐに向かった。

何の変哲もない地下への階段。だがその手前でタレナガースが足を止めた。

シャレコウベの顔をわずかにしかめると、再び鉄男に先へ進めと指示した。

「この下じゃ。行け」

地下室から湧き上がるような声で鉄男を促した。

鉄男は相変わらず無言で階段を降り始めた。

鉄男が最初の踏み面に金属の足を置いた途端、階段から下を包み込むように青い光が満ちた。

その光を見下ろしているタレナガースがわずかに後退った。

「ケッ。忌々しい仕掛けを施しおって」

その青い光は渦エナジーの照射であった。

複数のセンサーが階下へ向かう者の存在を察知し間髪を入れずに渦エナジーを照射する仕組みだ。

まるで階段の1段目から下が水没しているかのように見える。

だが普通の人間ならば何の障りもなく降りて行ける。

ただしヨーゴス軍団の者はそうはゆかない。清浄なる渦のエナジーと邪悪なるヨーゴス軍団とは対極に位置する存在だ。

ドクが開発した渦戦士の行動の基となる渦エナジーは凄まじいパワーを内包していると同時に邪悪な存在を退ける。

その青い光の中ではヨーゴス軍団は数分といられない。無論タレナガースとて例外ではないのだ。

してみると、この地下室はヨーゴス軍団に狙いを絞ったセキュリティシステムを構築しているということか。

だがタレナガースと共に行動してはいても鉄男はそもそもヨーゴス軍団の者ではない。

金属の体は平然と青い光を受けている。

そのまま階下へ降りると、青い光に照らし出された壁のスイッチボックスをバリリと乱暴に引きはがし、むき出しの配線パネルにズブリと人差し指を突っ込んだ。

パリリッ!

小さな火花が散って、ショートした防犯システムが沈黙した。同時に、展開していた渦エナジーがすぅと消滅した。

地下室は再び暗闇へ戻った。

「よぉし、よくやったぞよ」

悠々と階段を下りながらタレナガースが満足げに言う。

「ドレダ?」

初めて鉄男が声を出した。

不自然な人口音声だ。

だが単調な音の中に、なぜか鉄男の焦れが感じられた。

そんな鉄男の「思い」を知ってか知らずか、タレナガースは「ふふん」と鼻を鳴らして奥へ進んだ。

そこには大きなスチール製のアングル棚が並んでいて、たくさんの箱が並べられている。

立方体の箱は金属なのかプラスチックなのかよくわからない特殊素材で出来ていて、6面全部に丸いダイヤル式の鍵がかけられていた。

何かを厳重に封印してあるケースのようだ。

この、誰も立ち寄らぬ殺風景な外観の建物は、ヨーゴス軍団危険アイテム保管庫と呼ばれる秘密の施設なのだ。

エディーとエリスがタレナガースやモンスターなどから入手した物のうち、安全に廃棄できそうにない危険物を地下に保管してある。

これら特別誂えの保管ケースひとつに1点ずつ。ヨーゴス軍団のおぞましき「残骸」が入っている。

箱には何も書かれていない。品目も番号すらふられていない。その無印の箱が並んだ棚の間をタレナガースは無言で歩く。

一列目と二列目の間。二列目と三列目の間。そして四列目と壁の間を一番手前まで歩いた時、タレナガースは足を止めた。

「見ぃつけた」

ゆっくりと首を横に向けてニヤリと笑った。笑ったのだ、シャレコウベの顔が。

だが世の中そううまくはゆかぬ。

「そこまでだタレナガース」

笑っていたシャレコウベが瞬時に夜叉の如きに変じた。

その声の主はゆっくりと階段を下りてきた。

暗闇に浮かび上がる青い光。。。ぼんやりと浮かび上がる人影の額と胸と腰に輝く三つの光源がゆっくりと地下へ降りて来る。

「エディーィィィ」

ヨーゴス軍団が動く時、必ずその行く手を遮る邪魔なヤツ。忌々しくも鬱陶しいヤツ。

渦戦士エディーだ。

ここのセキュリティーを荒々しく破壊した時点でエディーに連絡が入るしくみになっていることはタレナガースも承知している。

「まぁそりゃ来るわな」

「とうとうコソ泥に身をやつしたか。哀れな奴め」

「フン、天は悪の上に悪を作らずじゃ。悪事に上下の分け隔てなんぞない」

わかったようでわからぬ理屈を言うと、タレナガースはケモノのマントを両腕でバサリと広げた。

翼の如く広がったマントの内部にはどす黒い瘴気が溜まっており、その中からゾロリと何かが現れた。

大きい。そして長い。

暗い地下室の漆黒の瘴気から出現したモノは黒光りする巨大なモンスターだ。

暗闇の中でもエディーは気配でその姿かたちを察した。

「ムカデモンスターか!」

3mはありそうな大ムカデだ。

頭部にムチのようにうなる1対の触角と黄色く光る目を持ち、大人でも挟んで持ち上げられそうな巨大なアゴがギリギリと音を立てて動いている。

波打つような体の側面の足を使って狭い地下の保管庫を縦横に移動してエディーの隙を窺う。

黄色い目がアングル棚の向こうで見え隠れしている。

自在に体をくねらせることが出来る節足動物のモンスターは思わぬ方向から襲いかかることができる。不意打ちの名手だ。

エディーは渦エナジーを両手に集中させてエディー・ソードを錬成させた。

暗闇に青く煌めく両刃の剣が浮かび上がる。

シャッ!

まるでエディーの視線の向きを知っているかのようにその反対側から鋭いアゴが飛来する。

ガキン!ギリギリ。

間一髪、ソードでそのアゴを受け止める。アゴの先端からタラリタラリと猛毒が垂れている。

押し返そうにも凄い力だ。やむなくエディーは素早く体をかわして脇へよけた。

ムカデは勢い余ってアングル棚へ頭から突っ込み、保管していたケースを派手に散乱させた。

横倒しの大きな黒いムカデの背をソードで斬りつける。

ザシュッ!

ぐうえええ。。。。

苦悶の声を上げてムカデモンスターがバタンバタンと体をくねらせながら跳ねる。

だが暗くて狭い地下室ではエディーも思うような斬撃を繰り出せなかった。深手とは言えまい。

エディーはムカデモンスターが腹を見せた瞬間を狙ってソードを深々と突き刺した。

黒い体液がどくどくと流れ出すが、それでもムカデモンスターはまだ動きを止めぬ。

「ムカデの生命力か。。。すごいな」

さらにモンスターの体内にはヨーゴス軍団の活性毒素が流れている。ソードによる傷口も間もなく塞がるだろう。

「ここは大きなソードじゃ戦いにくいぜ」

エディーは1m近いソードを両手で胸前に構えると、そのままゆっくりふたつの手を左右に移動させた。

左右に展開する手には、まるで手品を見せられているかのようにふたつのソードが握られている。

1本の大剣を2本に分割したのだ。剣は50cm程度に短くなっている。

「こっちの方が扱い易い」

エディーは二刀流に構えるとムカデモンスターに襲いかかった。

狙いは頭だ。頭を落としてしまえば活性毒素の再生能力も発揮されない。

だが敵もそれを心得ているのか、長い体をくねらせて頭部を庇おうとする。

バシュッ!ザン!ザシュッ!

エディーは2本のソードをふるって大ムカデにいくつもの傷を負わせたが、堅い外骨格はなかなかにしぶとい。

ギャギャ!

グルリとうねる体の下をくぐって毒を持つアゴが飛び出してくる。

その都度エディーはソードで受け止めるが、衝撃が先ほどよりも大きい。ソードが小さくなった分、ムカデモンスターの突進力を防ぎにくくなっているのだろう。

ブゥンとうねる体の先端に堅いムチのような2本の尻尾がギュウウウンと伸びてエディーの胸のアーマを刺した。

ドガッ!

「ぐぅぅ」

頭部の触角とお尻の尻尾。紛らわしい。暗闇では特に判別しづらい。

エディーの胸のアーマに抉られた跡がふたつ、くっきりと付けられている。

何度も食らう訳にはいかない攻撃だ。

黄色いふたつの目がスルスルと壁を這って天井へ伸びた。

それを目がけてエディーは右手のソードを投げた。

ザシュッ!

ソードは狙い違わずムカデモンスターの頭部に刺さった。

ギイイイエエエエ。

ムカデモンスターはエディー・ソードで保管庫の壁に縫いつけられた格好だ。

木と木をこすり合わせたような悲鳴を上げて一層暴れ回る。

エディーは畳みかけるべく残ったソードでムカデモンスターの体に傷をつける。

だがムカデの足も先端が錐のように尖っていて我が身を防ぐのに大きく役立っている。

エディーは頭部にとどめの一撃を加えたいのだがうまく懐に入り込めずにいた。

やがてムカデモンスターは堅い外骨格の背でエディーを壁際へ押しやると、尻尾を器用に使って己が頭に刺さったエディー・ソードを掴んで引き抜いた。

自由を取り戻したムカデモンスターは大量の体液を垂れ流しながら再び保管庫の奥の闇に身を潜ませた。

追撃しようとしてエディーは「うっ」と足を止めた。尋常ならざる殺気が闇の向こうで渦巻いている。待ち構えている。

まるで深海にいるような暗闇と静寂の中で、エディーとムカデモンスターは息をひそめて互いの気配を探り合った。

「次で決まる」

そして十数秒。

前触れなく暗闇の奥から大ムカデモンスターの頭が現れた。

まるで暗い海底から襲い来るジョーズのように真正面からエディーに迫った。

毒腺を持つ鋭い顎が、エディーを狙って限界まで開いている。

エディーの側頭部に顎の先端を突き立てて毒を流し込み、そのまま噛み砕くつもりだ。

邪!

エディーの頭部が大顎の間合いに入る直前、青い光と共にエディー・ソードが真下から突き上げられた。

ソードの切っ先がムカデモンスターの顎の下から脳天に抜けた。

同時にエディーは素早く上体を反らせてガチリと噛み合わされた左右の顎の攻撃を紙一重でかわした。

ソードに刺し貫かれた傷から流れ出る体液がエディーのマスクから胸にかけてを黒々と濡らす。

エディーはソードに渦エナジーを大量に注ぎ込むや、ムカデモンスターの頭部に刺さったソードを敵の尻尾めがけて一気に切り裂いた。

ズバババッ!

青い光の剣はムカデモンスターの体を縦に切り裂くと同時に、切っ先から放たれた光の鎌が尻尾の先までスッパリと断ち割った。

ギ。。。ギギィ。。。ギ。

ふたつに分かれたムカデモンスターの体はどさりと保管庫の床に落ちた。

ダラダラと体液の活性毒素が床に溜まる。

この活性毒素は油断がならない。

活性毒素同士が引き合って、合体、復活。なんてことにならないとも限らない。

「後でエリスに頼んでこの部屋全体を渦エナジー漬けにしてもらおう」

エディーは顔を上げてタレナガースの姿を探したが既にいずこかへ消えていた。

階段を上った気配は無かった。おそらく瘴気の渦で空間転移したのだろう。

「確かもうひとり連れがいたな。。。子供のようだったが、まさかモンスターではないだろうな」

 

日が昇り、ヨーゴス軍団危険アイテム保管庫の周囲には県警の規制線が張られていた。

地下の保管庫に倒れていたムカデモンスターは、エリスが施した渦エナジーのドームの中で約30分で蒸発した。

エリスは縦に割られて倒れている大ムカデを見て大いに眉をしかめたが、破壊されていた渦エナジー展開システムを修理して再び地下一帯を青い光で満たしてくれた。

その青い光の中で数人の制服警官と鑑識員がタレナガースの痕跡を採取していた。

「かなり荒らされていて棚はいくつか新調しなければなりませんが、保管ケースはどれも無事です。ただ。。。」

調査を終えた鑑識のチーフがエディーに報告した。

「ケースがひとつ足りません」

エディーとエリスは顔を見合わせた。

「タレナガースが持ち去ったのか」

「つまりここへ侵入したのはそのケースに封印されているアイテムが狙いだったということね」

「で、盗まれたケースには何が?」

保管庫のリスト票をチェックしていた別の警官が「これですね」と言ってそのリストをエディーの前に出した。

エリスも覗き込む。

唯一チェックが入っていない項目を見つけて、ふたりは再び顔を見合わせた。

「牛頭のツノ。。。?」

 

「どうじゃ、うまくはめ込んだかや?」

山の斜面を荒々しく掘った薄暗い横穴の中から地鳴りの如き声が湧いた。

タレナガースだ。

ヨーゴス軍団危険アイテム保管庫から盗み出した危険アイテムは、1本のツノだった。

過日、タレナガースが三途の川で手に入れた魔法陣から召喚した、牛の頭に人間の体を持つ牛頭と呼ばれる魔物の頭部から伸びた一対のツノの片方である。

凄まじいパワーで額のクリスタルを割られ、意識が朦朧としている状態でエリスによって無理やり強化変身したアルティメット・クロスによってへし折られたものだ。

本体の牛頭は徳島市街地への進撃中、鮎喰川の河原で待ち伏せたエディーとエリスによって退治された。

だが、へし折られたツノはこの世に残されており、地下保管庫の棚に新たに並べられることになったものだ。

タレナガースの呼びかけに応えるようにアジトの奥の闇から何かが歩み出た。

横穴の入り口に近いため、外光が射しているあたりまでやって来た。

「ほほう」

タレナガースが目を細めた。

そこには精悍なひとりの「金属人間」が立っていた。

そう。全身が金属で出来ている。

身長は約190cm。長身のタレナガースと並んでも見劣りしない上背である。

頭部は顔の中心を境にふたつに分けられている。

左は赤く焼けた鉄の寄せ集め。右は冷たく凍りついた鉄の寄せ集めだ。

顔の表面、人で言えば顔の皮膚を形成するのにさまざまな鉄板や歯車などの鉄屑を使っているためか造作に整合性が無い。

左右のバランスが著しく悪い。

それは全身にも言えることで、その辺に散らばっている鉄くずを手当たり次第に体にくっつけたような印象だ。

「なかなか良い見栄えじゃのう、鉄男よ」

鉄男。

それは先夜タレナガースがくだんのヨーゴス軍団危険物保管庫へ忍び入った折に伴っていたあの子供の名であったはず。

それが今は大人も見上げるような偉丈夫だ。

まさかあの金属製の子供が成長したという訳でもあるまいが?

タレナガースは右の掌を金属人間鉄男の胸に当てた。

内部から熱が伝わってくるのを確かめて満足げに頷いた。

「牛頭のツノ。確かに貴様の体内でエネルギーを発しておるようじゃ」

タレナガースは改めて鉄男の全身をつぶさに眺めた。

「これはこれで、完璧な肉体じゃ」

完璧な肉体、という言葉に金属人間は僅かに震えた。

「のう、鉄男よ。そなたこれからどうする?」

「なんと。共に悪事を働くのではないのか?ヨーゴス軍団であろうに」

タレナガースの問いにヨーゴス・クイーンが文句を言った。

「いや、こやつは確かに余が魔法陣から召喚した怪物に連なる者じゃ。しかしヨーゴス軍団の構成員というわけではない」

鉄男は寡黙なままだ。

「魔法陣を通って召喚された魔物は召喚した者の意のままに動く定めじゃ。だがそなたはツノの力を借りただけの鉄屑人間。我らに従えなどと無理強いはせぬ。どうしたい、これから?」

鉄男は光の宿らぬ目でしばらくタレナガースを見つめていた。

「エディーを倒す」

子供の姿の頃より数段滑らかな声でそう言った。

「オヒョ!」

それを聞いたヨーゴス・クイーンが身を乗り出した。

鉄男はアジトの出口から見える空を見上げて繰り返した。

「エディーを倒す!」

 

<四>激突

2台の高機動バイクが高い金属音を曳いて走る。

徳島自動車道の県西端部一帯のパトロールからの折り返しである。

前2輪の逆トライク型ヴォルティカは抜群の安定性を発揮してライダーの疲労を軽減してくれる。

午後3時すぎ。まだ陽は高い。

「ん?」

先行するエディーの目が、ヴォルティカのヘッドライトを反射してキラリと光る何かを捉えた。

左手で後続のエリスに停車の合図をする。

「どうしたの?前に何かいるの?」

路肩に寄ったエリスがヴォルティカに跨ったままインカムで尋ねた。

だがエディーは黙って前方を見つめたまま動かない。

「エリス、県警高速隊に連絡して直ちにこの区間を通行止めにしてもらってくれ。そして後続車を止めてくれ、安全にな」

「エディー」

エリスは今もヴォルティカのヘッドライトに照らされてキラキラ光る前方の何かを見た。

「人?」

エディーはヴォルティカを降りると歩き始めた。

「それともモンスターなの?」

「ここからではわからない。だが人じゃない」

エディーは振り返ってエリスを見た。

「後ろを頼むぞエリス」

そう言うとエリスが首肯するのを確認して、再び歩き始めた。

 

―――確かに人のようだが、人ではない。しかしヨーゴス軍団のモンスターとも違う気がする。あれは何だ?

その距離約200m。

相手は微動だにしないが明らかにエディーを待ち構えている。それも握手をするためでないことは明らかだ。

互いの視線だけがまるで前哨戦のように見えない火花を散らす。

エディーは一方的に距離を縮めながら思いを巡らせた。

―――だがこの気配、覚えがある。どこかで相まみえている気がする。どこだ?いつだ?

近づくにつれて敵意が風圧のようにエディーの全身を叩いた。

それでもエディーの歩みに変わりはない。そして相手の体がはっきりと見えるにしたがってその異様さにエディーは目を奪われた。

―――金属の体。。。だと?

ヴォルティカのヘッドライトを反射したのはこれが理由だったのだ。

やがて互いの間合いのギリギリまで近づいた時、両者に挟まれた空気はグツグツと煮えたぎる鍋の中のように熱く渦を巻いた。

「渦戦士エディー」

金属人間が初めて口をきいた。それはまるで決闘の相手の身元を確かめるがごとく。

「おまえは誰だ?」

エディーの問いに返ってきたのはシュッという空気を切り裂く音だった。

金属人間の右の拳がエディーのマスクの真ん中へ飛来した。

「むん」

咄嗟に両腕をクロスしてその打撃をガードする。

だがその凄まじい衝撃は両腕を貫いてエディーの額にまで達した。

渦のアーマとマスクを纏っていなければ腕の骨は砕け、脳は豆腐のように潰されていただろう。

「くっ、問答無用か」

だが金属人間の攻撃は単発ではなかった。

左の拳が脇腹へ。

さらに肘がこめかみへ。

膝が鳩尾へ。

次々と繰り出される。

ガシッ!ズガッ!ドムッ!ズシャッ!バシッ!

初撃で脳を揺らされたエディーは反応がわずかに鈍くなっていたが、それでも辛うじてそれらの連続攻撃を防いでいた。

「全身が鉄なのか!?」

何度もガードするうちに腕全体の感覚がなくなってきた。

「重い。そのうえ速い」

しかしエディーはそんな防戦一方のなかで何かを思い出そうとしていた。

―――この攻撃、覚えがあるぞ?

ついさっき感じた気配といい、この打撃が自らの体に与えるダメージの感じといい、どこかで。。。?

そんな中、エディーは敵の攻撃パターンを掴みかけていた。

多彩に見える攻撃だが、間違いなくこの攻撃はパターン化されたものだと気づいた。

「そうとわかれば」

次の攻撃が予測できれば反撃はたやすい。エディーはタイミングを見計らって予測通りの左ストレートをかわして右のフックを高速で脇腹に叩き込んだ。

グァシャ!

生身の者なら息が止まって悶絶したであろうが、衝撃でわずかに動きが止まったものの再び攻撃を開始した。

「鉄で出来た体だけに痛みを感じないのか」

その時鉄人間が両腕を大きく頭上へ振りかぶってふたつの拳を同時にエディーの頭頂へ振り下ろした。

刹那、エディーは大きく後ろへ飛び退り路上で回転して立ち上がった。

体が覚えている。この攻撃は受けてはいけないと。

そしてその瞬間、閉じられた記憶の扉が開かれた。

容姿はまるで違うが、この闘気、打撃は間違いない。これは、あの日鮎喰川の河原で葬ったヤツと同じものだ。

「そうか。お前。。。牛頭!」

その時、ガードレールの向こうから笑い声がエディーの耳に届いた。

ふぇ〜っふぇっふぇっふぇっふぇ。

「タレナガース」

ガードレールを跨いで高速道路上に姿を現したのはケモノのマントをなびかせたシャレコウベづらの魔人だ。

「鉄屑怪人の鉄男くんじゃ。よろしくのう」

鉄男の傍らへ近づくと馴れ馴れしく肩に腕を回した。

「それにしても、こやつがあの牛頭だとよう気づいたのう。さすがじゃ」

ふぇっふぇっふぇと笑うタレナガースの腕を己が肩から振り払うと鉄男は再びエディーにむかってきた。

「こりゃ、今日はここまでじゃ」

「違う、俺は牛頭ではない。鉄男だ!エディーを倒すぞ」

言うなり真正面から火を噴きそうなストレートが来る。エディーはその拳を左の首スレスレで受け流すとその腕を取り関節と逆の方向へ体重をかけて押し込んだ。

ベキベキベキ。

たくさんの空き缶を一度に潰したような嫌な音がして鉄男の腕がへし折れた。

―――チッ。言わぬことではない。

タレナガースが天を仰ぐ。

だが痛みを感じない鉄男は意に介していない。

素早く体を回転させて残りの腕で繰り出す裏拳がエディーのこめかみへ飛ぶ。

それを屈んでかわしたエディーの手には青く光るものが!

ザッシュ!

その青い光と共に、エディーは鉄男の脇を通り抜けて背後へと走った。

エディーの手にあるのはエディー・ソード。渦エナジーを錬成して出現させた必殺の光の大剣だ。

エディーは確かな手応えを得ていた。

ガシャ。。。

鉄屑の山が崩れたような音がして、鉄男の上半身の位置が下半身から斜めにずれた。

「?」

ガシャガシャン。

鉄男の左の横腹から右の脇腹へ駆けて斜めに斬り上げられている。

その傷口の周囲の鉄屑が体から剥がれ落ちてゆく。

「え?あれは」

体を形成していた鉄屑がボロボロと剝離して、その中心にある芯のような物が露出した。

「牛頭のツノ!?こんな所にあったのか」

エディー・ソードによって真っ二つにされたはずの体をまるで大黒柱のように支えているのは、先夜ヨーゴス軍団危険アイテム保管庫から強奪された牛頭のツノであった。

「どういうことだ?そいつの体は一体どうなっている?」

エディーは思わずタレナガースの青白いシャレコウベづらを見た。

「ふん。鉄男くんの鉄屑ボディを根本で支えておるのはまさしくこの牛頭のツノなのじゃよ」

視線で問われたタレナガースは気持ちよさげに話し始めた。こういうのは大好物だ。

「初めて貴様が牛頭と相まみえた折、貴様にへし折られたこのツノこそ鉄男くんのエネルギー源にして記憶装置なのじゃ」

「エディー。。。」

そうしている間も鉄男はまだエディーに立ち向かおうと前へ出る。だが片腕をへし折られたうえに体の真ん中を切断されていてはもはや先ほどのようなパワフルでスピーディな攻撃もできまい。

タレナガースがやれやれという風に首を左右に振ると、その太い腕を背後から鉄男の首に回してその動きを制止した。

かああああああああ。

口から大量の瘴気を吐き出して、まだ戦おうともがく鉄男共々その黒い渦の中へ身を投じた。

去り際に言った「捲土重来じゃ」という言葉はエディーに言ったものか、それとも鉄男にか?

エディーは路上に残された鉄男の体からはく離した鉄屑のひとつを拾い上げた。

「消えた鉄屑の山と保管庫襲撃は、すべてあのツノの能力で鉄屑怪人を造るためのものだったのか」

 

瘴気のどす黒い渦は、タレナガースたちをヨーゴス軍団のアジト前へ導いていた。

どこかの山の、人の手が入っていない森の中だ。

悠々と現れたタレナガースに続いて、ガシャンガシャンと耳障りな音をたてながら鉄男が姿を現した。

アジトからヨーゴス・クイーンが出迎えた。

「おお、お戻りかやタレ様。首尾はいかがで。。。おやおや、やられてしもうたか」

ヨーゴス・クイーンは鉄男のひどい有り様を蔑むような眼で見た。

敵であれ味方であれ負けるヤツはダメなヤツなのだ。

だが実のところタレナガースはまだまだ鉄男のポテンシャルに期待していた。

「鉄男くんや、その傷は修復できそうかや?」

鉄男はエディーにやられた己の腕や腹部のキズをじっくりと確かめた。

「大丈夫だ。ツノがもとの形状復旧作業を始めている。もうすぐ体は元に戻るだろう」

鉄屑の怪人は内包した牛頭のツノの働きで徐々に傷口を塞いでいた。

―――だがこのままではだめだ。

そんな鉄男の考えを知ってか知らずか、タレナガースは赤い目で鉄男を見つめていた。

1時間後。

森の中にいるタレナガースが鉄男を呼んだ。

カモフラージュされたアジトの入り口から鉄男が外へ出てきた。

その体は傷口がかなり塞がっており、へし折られた腕も少しは内側に曲げられるようになっている。

牛頭のツノの為せる業なのだろう。魔界から召喚された怪物の力。。。この世の理を超越した不可思議な力である。

タレナガースが鉄男を手招きしている。

「鉄男くんにプレゼントじゃ」

指さす先には1台の古い乗用車が停められていた。ナンバープレートは付いていないため廃車となった車であろうが、どこから盗んできた物やら。

傍らには息も絶え絶えの戦闘員が6人、地面にへたりこんでいる。

鉄男はその自動車に歩み寄ると、折れていない方の拳をやおらボンネットにガン!と突っ込んだ。

文字通りの鉄拳はボンネットを易々と突き破り、内部のエンジンルームへ到達した。

すると鉄男の腕がドクンドクンと脈動を始めた。その都度車の内部からガン!ガガン!とたらいの底を叩くような音がする。

「ほっほう」

タレナガースが面白そうにその様子を見ている。

やがて騒がしさに何事かとヨーゴス・クイーンもアジトから顔を出した。

「何じゃ?自動車の部品を体内へ取り込んでおるのか!?」

クイーンもまた珍しい光景に、吊り上がった毒虫の目を大きく見開いている。

やがて自動車は体液を吸い取られた生物のようにへこみながら小さくなり、ついにはボディーも吸い取られてハンドルやシートやタイヤはじめ一部の非金属の物を残してすべてなくなった。

「下品な食事じゃこと」

ヨーゴス・クイーンが面白そうに笑う。下品なことは嫌いではない。

「さぁさぁ、腹が膨れたらさっさとその体を修理してエディーを倒してまいれ」

鉄男がジロリとヨーゴス・クイーンを睨んだ。

「わかっている」

「う。。。」

その鋭い視線がヨーゴス軍団の鬼女を黙らせた。

―――こやつめ、鉄屑のくせに妙に威圧感がある。

ヨーゴス・クイーンは視線をタレナガースに移した。

「それにしてもようこの鉄男を説得してエディーと戦わせたものよ。さすがはタレ様じゃ」

「フン、余は何も仕向けてはおらぬ。すべては鉄男くんの意思じゃ。ヤツの中にあるツノの記憶によるものなのじゃ」

「なるほど。あの時赤いエディーにしてやられた記憶がツノを通じて鉄男に引き継がれておるというわけかや」

ヨーゴス・クイーンは腕組みをしてしげしげと鉄男を見た。

「で、これからどうなさる?」

「知れたこと。エディーとリターンマッチじゃ」

 

「あの牛頭ったら、斃された今もあなたに祟っているってことなのね」

ドクの言葉にヒロは頭を抱えた。

「やれやれ。しつこいねぇ」

カフェにはふたりの他に客はいない。

それでもヒロとドクは一番奥の隅のテーブルに座り、額を寄せ合っている。

この席でないと何か落ち着かない。

「思い返せば、あの鉄屑泥棒から始まっていたのか」

「いえ、それ以前にそもそも鉄屑を盗もうとする何かがあったはずよ」

しばらく瞑目して考えていたドクは「もしかしたら」と目を開けた。

「私たちが回収したあの牛頭のツノ、根本の方が欠けていたのを覚えている?」

「ああ、確かに欠けて変な形だったね。じゃあその欠片が悪さをしたってこと?」

「悪さというか、新たな体を求めて鉄を摂取したんじゃないかしら」

「。。。摂取ねぇ」

何にしても信じられない、理解を越えた話だ。

だが、わずかでもタレナガースが絡んだ事件に理解の範囲内で収まるものなどひとつもなかったではないか。

『続いてのニュースです』

テレビでは地元局のローカルニュースの時間だ。

『鉄屑の盗難事件以降、各所で鉄の盗難あるいは消失事件が続発しています。特に自動車の消失事件はタイヤをはじめ非鉄部分の部品だけが残されているという奇妙な。。。』

ヒロとドクは目を合わせた。

「鉄男の仕業だな」

「ボディを補修するのに鉄がたくさん必要なんだわ」

「ああ。補修だけならいいけれど、強化しているかもしれないね」

ふたりは天井近くに据え付けられたテレビを見上げてしばらく思案した。

「また挑んでくるわよ」

ドク自身が挑むように声をひそめてヒロに言った。

その目を見返してヒロも頷いた。

「あいつは徳島自動車道で俺を待っていた。悪さをするでもなく、ただじっと俺を待っていた」

「ツノの記憶に操られて仕返しをしようと躍起になっているのよ。復讐の鬼ってわけね。いえ、復讐の牛鬼と言うべきかしら」

ドクはうんうんとひとりで納得している。

「牛鬼でも馬鬼でもいいけれど、もしそうだとすれば徳島市街地をバトルフィールドにするわけにはいかないね」

「間違いなく敵はあなたを追ってくる。これからしばらくは人のいない場所を重点的にパトロールした方がよさそうだわ」

そうと決まれば。

「マスター、チョコトーストモーニング2つ、アイスコーヒーで!」

 

<五>決着

夜10時。

駅前のホテルの白い壁面に大きく突然映し出されたのは、青白いシャレコウベづらの魔人であった。

「うわわっ何だあれは!?」

「タレナガースだ!ここにいるのか?」

「うええ、気持ち悪い」

JRの最終列車に乗り遅れまいと駅へ急ぐ人々が一斉に足を止めた。

凍りついてしまったのだ。

堅いはずのシャレコウベの顔がぐにゃりと歪んでキバをむくと地の底の深い所から湧き上がってくるような声が発せられた。

「明日じゃ」

それはひとりひとりのすぐ耳元で囁きかけるような声であった。

道行く人々は皆恐怖の表情で振り返って耳を塞いだ。

だが、声はお構いなしに鼓膜を不気味に揺らし、吐き気をもたらした。

「明日の朝5時。鉄男くんが貴様のもとへ行く。貴様がどこにおっても鉄男くんは易々と探し当てるであろうよ」

このようすは駅前交番の警官を通じてただちに県警本部へ報告された。

駅前にいた人の何人かは気丈にスマホを構えてタレナガースの映像を録画している。

「好きな場所で我らを待て。どこでもよいぞ。人通りの多いこの駅前でもよい。誰も見ておらぬどこぞの山中でもよい」

突然その赤い目からボォと炎があがった。

「エディィィィィィよぉぉぉぉぉ」

シャレコウベが夜叉に変じて鋭いキバの間から邪気が吐かれた。

その邪気はただの映像にとどまらず、駅前でホテルの壁を見上げる人々をその場にへたり込ませた。

「そう、これは果たし状である。しかと伝えたぞよ」

そして映像は音もなく消えた。

しかしその後もしばらくは駅前広場に動く人影は無かった。

 

翌朝5時。

「フン、ここを選んだということは、もうおおよそのことは察しておるようじゃのう」

魔神タレナガース。鬼女ヨーゴス・クイーン。迷彩ヘルメットにガスマスクの戦闘員6名。

そして鉄屑怪人・鉄男。

先夜の言葉通り、連中は見事にエディーとエリスの眼前に立っていた。

もとより町中で戦闘を始めるつもりはない。

エディーとエリスはとある山中のひらけた場所に立って彼らを待ち受けた。

それは、かつて牛頭が最初にこの世に召喚された場所だ。

鉄男と牛頭は、鉄男の体内に収められたツノを介して深く繋がっている。

ゆえにエディーとエリスはこの「はじまりの場所」を、最後の決戦の場所に選んだのだ。

もとよりエディーたちはタレナガースが三途の川で使い捨て魔法陣を入手してここに再現し、牛頭を召喚したなどといういきさつは知らない。

したがって牛頭が徳島市街をめざして進撃するルートを逆算したエリスが第一出現地点として目星をつけたにすぎないのだが。

魔法陣から現れた牛頭はここの大地を割り、大きな穴を開け、陥没させた。

山の中とはいえここは開けた場所だ。万が一にも人が落ちないようにするため、エリスの通報によって応急処置的に大量の土を流し込んで穴を塞いである。人が立っても崩れ落ちない程度には踏み固めてある。

「始めようか」

エディーは赤いエディーコアを胸の青いコアの上に重ねた。

シュウウウウウアアアアア。

コアから迸った赤い光が無数のリボンのように展開してエディーの全身を包み込む。

シャキン!

最後に胸のコアを超硬質のクロス・ガードが覆う。

渦戦士エディーの最強形態、アルティメット・クロスだ。

「そうだ。こいつだ」

鉄男は喜びに打ち震えた。

全開戦ったエディーは、気配は同一だが記憶の中の赤い強敵とは違っていた。だから拳を交える前にその名を確かめた。

しかし今度は無用だ。

「ゆくぞ、赤いエディー!」

ヒュン!

!?

コンマ何秒かで鉄男はアルティメット・クロスの鼻先に移動していた。

ドガガガ!

アルティメット・クロスは体の前面を両腕でガードしたまま数メートル後方へ飛ばされた。

「何だ今のは?」

視覚的には喰らったのは一撃のはずなのに、受けた衝撃は明らかに3カ所だ。

「目が追いついていない!?」

間合いの詰め方といい攻撃といい、神速レベルだ。

「ならばこちらも」

アルティメット・クロスは反撃の態勢に入った。

シャッ!

地面に深く足跡を残してアルティメット・クロスがダッシュする。

ドガッ!

打撃音はひとつだがボディーブロー、フックから鳩尾への膝蹴りの3セットだ。

超高速の膝蹴りは見事に鉄男のボディの中央を捉えて鉄の戦士をさきほどのアルティメット・クロスよりも遥かに後方へ飛ばした。

「出た。負けず嫌い」

エリスがほくそ笑む。

そこからは乱打戦となった。

傍観する者の耳に達する打撃音よりはるかにたくさんのパンチとキックが交差している。

陽光を跳ね返す銀色のボディとアルティメット・クロスの赤いボディが光の川のように宙を流れる。

ズガンッ!

真正面から拳と拳がぶつかり合う。

ビシッ!

アルティメット・クロスのハイキックが鉄男の側頭部に決まる。

ゴッ!

フックをかいくぐって背後に回った鉄男のひじがアルティメット・クロスの後頭部を撃つ。

再び高速の打撃戦が始まり両者の姿が銀と赤の光に変わる。

やがて両者の周囲が赤く熱を帯びはじめ、陽炎に揺らぐ大気が二人の姿を霞ませる。

ババーン!

赤く揺れる大気の中で爆発が起こり、鉄の機械部品と金色のショルダーガードが周囲に撒き散らされた。

左右に分かれた両者の姿は数刻前と違って全身傷だらけだった。

アルティメット・クロスの左のショルダーガードは吹き飛ばされ、右の触角は先端がへし折られている。

片や鉄男も体のあちこちのパーツがもがれたように欠損していた。

「正面からやり合ってアルティメット・クロスがここまでボロボロになるなんて。。。」

信じられない光景にエリスも驚きを隠せない。

「だけど勝つのはアルティメット・クロスよ」

鉄男は左腕を真っすぐ上へ伸ばした。

カシャ。

何かのスイッチが入った音がして、腕を構成する無数の部品がまるで生き物のように動き始めた。

カチャ、チャキッ、ジィィ、カシャン。

指が掌に収納され手首が鉄の筒で覆われ、その筒の中から現れたのは。

「ドリルだと!?」

鉄男はその腕の中でマニピュレーターモードから攻撃ドリルモードへの組織変換を瞬時に行ったのだ。

「なるほど。やはり強化改造しているようだな、いろいろと」

アルティメット・クロスは両掌を向かい合わせて意識を集中させて、赤い渦エナジーをその掌の中に出現させた。

赤いエナジーは光の球となり、次いで細長く伸びて剣を形づくった。

ギュィィィィィン。

鉄男は回転するドリルを振り回しながらアルティメット・クロスとの距離を一気に詰めた。

マスクの真ん中を狙ってきた。

ガギギギリギリギリ。

間一髪でソードがドリルを受ける。

「凄まじいパワーだ」

岩を断ち切る光の剣から火花が散る。

だが剣技ならアルティメット・クロスに一日の長がある。

アルティメット・クロスはソードでドリルを跳ね上げるとがら空きになったボディへ容赦ない斬撃を加えた。

ギン!

「ナニ?」

その鉄製のボディを深々と断ち割った筈の一撃は、しかし新たな刃に食い止められていた。

鉄男は残ったもう片方の腕を鋭利な大型ハンティングナイフへと変じていた。

「まったく次から次へと」

心の中で舌打ちしながらアルティメット・クロスは突き出されたナイフをソードで受けた。

パンチとキック主体の打撃戦から一転して今度は斬撃戦だ。

ジャッ!

ギン!

ギリリ。

互いの得物は相手の体にわずかに届きはするものの、勝負を決めるほどの深手にはならない。

斬り合いもほぼ互角の様相を呈している。

「これじゃ埒が明かんな」

―――よし!

アルティメット・クロスは数歩下がって鉄男の間合いから出た。

鉄男が追撃しようと前へ出る。

「待て!迂闊に近づいてはならぬ」

それをタレナガースが制止した。

「至近距離から赤いエディーが一旦距離を取る時は要注意なのじゃ。あやつは決して疲れたわけでも不利だと認めたわけでもない。慎重にゆけ」

―――何を考えておる、赤いエディーめ。

タレナガースの赤い目がすぅと細くなった。

その時アルティメット・クロスは攻撃ドリルと大型ナイフを前にしてアルティメット・ソードを消滅させた。

腰を低くして構える。

「ナイフかドリルか。。。どちらから来る?」

全神経を鉄男の腕の動きに集中させる。

ハンティングナイフが陽光を反射させた。

「よし、ナイフか」

バキッ!

アルティメット・クロスは矢のように飛来するナイフの切っ先を手刀で砕くや、遅れて突き出されたドリルを両手でガシッと掴んだ。

ギュル。。。ウィンウィィィ。。。ギュルル。。。

ハイパワーで高速回転するドリルは唸りをあげてアルティメット・クロスの力に対抗したが、その動きを止められている。

アルティメット・クロスはそのドリルを鉄男の足元の地面に向けて押さえつけ、先端が土に触れた所でパッと手を放して一気に解放した。

ギュウウウウウウウウン。

アルティメット・クロスが押さえつける力に対抗しようとフルパワーを出していたドリルは猛スピードで回転し、鉄男の意志とは別に土の中へ深々と埋まっていった。

「今だ」

地面に片腕を深々と突っ込んだ形の鉄男の頭上から、アルティメット・クロスは神速のかかと落としを振り下ろした。

鉄男もドリルアームを地面から引き抜いてアルティメット・クロスのかかとを防ごうとしたがハイパワードリルは思いのほかしっかりと地中に食い込んでいて、わずかに遅れた。

ズガーン!

鉄男の首が一瞬胴体にめり込むほどの痛打を頭頂部に受けた。

「決まった!」

エリスが快哉をあげた、が。

「うそ!?」

地面に押しつぶされていた鉄男がゆっくりと立ち上がった。

ゴキゴキガキ。

かかとの一撃で押し潰されいびつに曲がった首のパーツが音を立てて元に戻った。

「効いてないのか」

アルティメット・クロスはさすがに鼻白んだ。

相手は機械の体だ。タレナガースの活性毒素による復元はあり得ない。

直立した鉄男の体から出ている無数のヒレ状の突起がブルブルと振動している。

「あそこから衝撃を放出してダメージを回復しているんだわ」

エリスは瞬時に見破った。

「それじゃ、どんなにダメージを与えてもすぐ復活しちゃうってことか」

アルティメット・クロスは再び構えた。

「だったら何度でも何度でもダメージを与えてやるさ。その衝撃放出システムが追いつかないほどに」

その時。

鉄男の体がグラリと傾いた。

「ん?」

そこにいる全員が一瞬何が起こったのかわからなかった。

が、タレナガースが最初に気づいた。

「いかん鉄男くん。そこにいてはいかん!早よう移動するのじゃ!」

「!」

タレナガースの注意が鉄男の耳に届くと同時に、足元の地面が突如崩れ始めた。

だが既に遅く、まるでアリジゴクの巣に絡め捕られた蟻のように鉄男の体はズブズブと地面に吸い込まれてゆく。

エリスはここの地割れを埋めた業者の言葉を思い出した。

『大丈夫、人が歩いても大丈夫なくらいには土を入れてありますから』

そうだ。超人がフルパワーで戦っても大丈夫なくらいに、とは言わなかった。

バトルの衝撃で、割れた大地のより深い所に更なる亀裂が走り、地表を均していた土が再び穴の底へと落下したのだ。

アルティメット・クロスはともかく、鉄屑の山をまるごとひとつ吸収して体を造った超ヘビー級の鉄男を長時間支えることは不可能だったようだ。

鉄男が攻撃を繰り出すたびに足を踏ん張る。それが急ごしらえの地面に限界以上の負担をかけていたのだ。そしてアルティメット・クロスのかかと落としがとどめを刺した。

「う、うおおお」

鉄男は穴から脱出しようともがいた。

だが左右の腕はドリルと折れたナイフだ。五指は無く、周囲の地面に手をかけようとしてもうまく体を支えられない。足を踏ん張ろうとすると、その部分の土がボロボロと崩れてしまって重い体が更に地中へ埋まってゆく。

「うぬぬ、パワーの源たる鉄屑の自重が仇になったか」

ギリリ。

タレナガースのシャレコウベづらに深い苛立ちの色が浮かんだ。

「鉄男くんが。。。沈んでゆく」

今や鉄男の体は首から上を残して完全に地中に没している。

鉄製の動かぬ顔からはその思いはうかがい知れぬ。だが、その頭頂が土に沈む直前「ああああああああ!」という意味不明な叫びがあがった。

「鉄男の断末魔か。。。」

そして鉄男は地中深く沈んでいった。

「クッ!」

タレナガースは2歩3歩後退すると、その周囲に黒い瘴気が沸き上がり、不気味なその全身を覆い隠した。

 

ふたりの渦戦士は鉄男を飲み込んだ地面を無言で見下ろしていた。

アルティメット・クロスはノーマルモードのエディーに戻っている。

「手、大丈夫なの?ドリルを素手で掴むなんて無茶して」

こういう戦い方をするといつもエリスに叱られる。

「問題ないよ。赤の渦エナジーを掌に展開していたからね。ぶ厚い皮手袋をはめていたようなものさ」

エディーは両の掌を広げて見せた。

「あいつ、死んだのかしら?」

エリスがぼそりと呟いた。

「さあね。だがあの機械人間に『死ぬ』なんてことはないんじゃないかな?たとえ地の底で身動きが取れなくなっていても、長い年月が過ぎて体を造っている鉄屑が錆びてダメになってしまっても、あのツノさえあればいつでも復活してくるような気がするんだ」

実際に戦った者として、エディーの言葉は説得力がある。

折れた片方の手もドリルに変換できるとしたら、この地中深くを自在に移動できるのかもしれない。

「とりあえず、終わったわね」

「ああ。とりあえずはね」

エディーの心配が的中し、いつかまたあの鉄屑のスーパーファイターが現れるかもしれない。

「その時はその時ね」

「何度でもぶっ倒してやるさ」

そしてエディーとエリスはヴォルティカに向かって歩き出した。

<完>