渦戦士エディー

マッド・サイエンティストの夢

(序)賞賛のまなざし

ギギ――――!

白い塗料でドクロが描かれた黒いヘルメットを被った一団が突如店内に踊りこんできた。

顔にはガスマスクのような仮面を被り、全身を迷彩色のコンバットスーツで覆っている。

お昼時の賑わいをみせるフードコートは騒然とした。

「ヨーゴス軍団だぁ!」

乱入したその一団はヨーゴス軍団の戦闘員たちであった。

「に、逃げろ!」

「早く!喰いかけのメシなんかほっとけ」

せっかくの昼休みが台無しだ。

戦闘員たちは食べ残しが捨ててあるゴミ箱をひっくり返し、テーブルを蹴り倒して暴れた。

ある者は厨房の中に侵入して皿を割ったりそばつゆをあたりに撒き散らしたり、鍋や釜を投げ捨てたりやりたい放題だ。これでは今日はもう商売になりはしないだろう。

「誰か、なんとかしてくれ!」

トンカツ屋の大将が頭を抱えたその時、どこからか青い光が飛来してイスを頭上に持ち上げていた戦闘員に激突した。

きひぇ―――!

裏返った悲鳴をあげてその戦闘員は壁際の自販機まで吹っ飛んで長々とのびてしまった。

他の戦闘員たちは何が起こったのかにわかには理解できないようすで、その青い光のぬしをじっと見つめた。

青い光は人の形になっている。青い海のようなひし形のエンブレムが額と胸に輝いている。

渦戦士エディーだ。

「皆さん怪我はありませんか?」

鋭いゴーグルアイは県民に向けられるときだけなぜか優しく見えるから不思議だ。

お客達をさらに後ろに下がらせて、エディーはあらためて残りの戦闘員たちを睨みつけた。

「せっかくの楽しいランチタイムを滅茶苦茶にしやがって。さあ来い。お前たち全員おんなじくらい滅茶苦茶にしてやるぜ」

手首を2〜3度振って拳に渦パワーを集める。

自然体で立つエディーの前後左右から戦闘員たちが一斉に襲いかかった。

右手から!

体をひねってパンチをかわし、通り過ぎる後頭部に裏拳!

左手から!

敢えて前へ出てヘルメットのドクロマークに青いエンブレムの容赦ないヘッドバット!

前から!

迫る胸板に神速の前蹴り!

後ろから!

胸ぐらをひっつかんで肩越しにライナー投げ!

これらすべてがものの3秒で片づいた。

 

「有難うエディー」

「助かったよ」

遠巻きに成り行きを見ていた客や店員達がエディーの周囲に集まってきた。

動かなくなった戦闘員の体を跨いでやってくる人もいる。

フードコートは大変な目に遭ったけれど、徳島にはエディーがいる。頼もしい渦戦士がいてくれる。

賞賛の目がヒーローに集まった。

エディーは彼らに軽く手を振るとその場を去った。

その一部始終をじっと見ていた男がいた。戦闘員を見るでなく、エディーを見るでもなく、その男はただじっと見えないものを見ていた。

正義のヒーローにむけられた賞賛の視線をのみ、じっと見ていたのだ。

 

(1)負の遺産

ガシャン!

 陽光を反射してキラキラ輝く金属の塊をトラックに放り込んで、若い警官はふぅと大きく息をついた。

「エディーさん、このあたりの残骸はこれくらいのようです」

「ご苦労様」

エディーが応えた。

悪夢のごときメカ次元からの突然の襲撃から2ヶ月が経った。次元ドリルによって開けられた次元ホールからは、何百体というタレナガース型アンドロイドが送り込まれ、徳島県下を荒らしまわったのだ。

だがエディーたちの活躍によって、メカ次元を暴力で統べるスーパーAI「ファンギル」は破壊され、指令中枢を失ったすべてのメカ・タレナガースはただの鉄くずに成り下がったのだ。

徳島はエディー&エリスによってまたも救われたのだった。

しかし、危機は去ってもそれらの鉄くずは残された。

当初県警本部は、各警察署にメカ・タレナガースの残骸撤去を命じたが、そもそもいったい何体のメカ・タレナガースがやって来たのか?エディーや頼もしい助っ人のメカ・エディーが何体のメカ・タレナガースを破壊したのか?正確な数字は掴めていなかった。

まして途中参戦したスダッチャーの爆裂ソードはメカ・タレナガースをことごとく粉々に破壊した。

県を通じて民間清掃業者などにも協力を求めたが、終わりの見えない作業は困難を極めていた。

「まったく、悪事ってやつはこれだから始末が悪い」

トラックいっぱいに積み上げられた重いメカ・タレナガースの残骸を見て、エディーはため息まじりに呟いた。

1台のトラックが吉野川に架かる橋を越えてエディーの方へと近づいてきた。

「エディー、川向こうもだいたい終わったわよ。このエリアはもういいんじゃないかしら」

トラックの助手席にはエリスが乗っている。上半身を乗り出してエディーに手を振っている。

「よし。それじゃ帰ろうか」

エディーもエリスに手を振り返した。

 

「暑い中、ご苦労なことじゃ」

蒸し暑い日向を避けてふたつの影がエディーたちの働くようすを見つめていた。

木々の陰に紛れて姿は見えぬ。ただ赤く光る異様なよっつの目が宙に浮かんでいる。

「あのように人間めらが町を片付けてゆくのを黙って見ておってよいのか、タレナガース様や?」

タレナガース!

やはり、徳島を汚し県民の安寧を脅かすヨーゴス軍団の首領であったか。してみると話の相手は紫の鬼女、大幹部ヨーゴス・クイーンに違いあるまい。

「うむぅ。確かに本来ならばあのように町をきれいにしてゆく行為を黙ってみておるヨーゴス軍団ではないが、あれは。。。あの情けない金属人形は余にそっくりであるからのう」

「確かにあれらは皆タレ様をモデルにしたからくり人形であるからして、まるでタレ様がそこここにてくたばっておられるようじゃ。ひょっひょっひょ!」

「笑うでない!それじゃからこそ、こたびばかりはさっさと片付けてもらいたいのじゃ。できることなら片付けの手伝いに戦闘員でも貸し出してやりたいくらいじゃ。ふぇっ!」

面白くなさそうにタレナガースは毒づいた。

「そんなものであるかのう。。。まぁよいわ。タレ様がそう申されるならこたびばかりは見逃してくれようぞ。ひょっひょっひょ」

そしてその不気味な気配は影の中に溶けるように消えた。

 

回収作業からの帰り、ヒロと一緒に歩いていたドクはすれ違うひとりの若い男に目を止めた。紺色のキャップを目深に被り、白いコットンシャツにジーンズという目立たぬいでたちだが、何故かドクの視線はその若者から動かなかった。右肩がわずかに下がった猫背。すこし足を引きずる特徴的な歩き方。。。

「松戸君?」

我が身に突然かけられた女性の声に少なからず驚いたその若者は目を見開いてドクを見た。

数秒後、目の前の女性の映像と、彼の脳内ハードディスクに保存された過去のデータがにわかに一致した。

「祖谷乃。。。?」

ドクは大きく頷きながら松戸というその若者に近づいた。

「久しぶりね。元気してたの?」

明るく話しかけるドクに対し、松戸は「ああ。。。」と小声で応じると、目を伏せて足早に立ち去ってしまった。

期待はずれの反応に少々不満げなドクにヒロが背後から尋ねた。

「知り合いかい?」

「ええ」

ドクは小さくなってゆく松戸の背を見ながら頷いた。

「彼は松戸君っていって、昔私と一緒に科学の研究をしていた仲間なのよ。確か今はどこかの企業の開発部主任を勤めているって聞いたわ」

「へぇ。すごいじゃないか」

「そう。彼はなんていうか。。。科学に対して一途なのよ。いつかすごい発明をするに違いないわ」

へぇ、ともう一度ヒロは言った。

「で、昔からあんなふうに内気な感じだったの?」

「いえ、昔はもっとこう。。。ガンガン来る感じだったように思うんだけどなぁ」

―――あれからいろいろあったのかしら。苦労しているのかな?

「行こうぜ。もう喉がカラカラだよ」

ヒロの言葉にドクも「ええ」と頷くと、視線を松戸の後姿からヒロのそれへと移した。そしてふたりはいつもの喫茶店へ向かって歩く速度を上げた。

 

(2)マッド・サイエンティスト

「営業部へ?」

持っていた企画書の束がバサリと足元に落ちた。

「そういうことだ、松戸君。営業部で出た欠員を補充せねばならん。開発部にいた君ならわが社の製品の特長をよくわかっているはずだ。その知識を販売に活かしてくれたまえ」

 役員室の大きなデスクの前で松戸はしきりに汗を拭いていた。

「本部長。。。し、しかしボクいや私が開発中の高性能パワースーツはもうすぐ完成します。もうすぐなんです。せめてあと1年、いや半年でいいんです。このまま開発部に。。。」

「松戸君!」

 本部長の突然の鋭い口調に松戸は体を堅くした。

「君の言うそのパワースーツはいつ完成するんだ?君はいったい何枚の企画書を私に読ませたと思っている?」

松戸は反論できずに下を向いた。

「ライバル会社からは続々とパワーアシストスーツが商品化されている。第2第3の改良型が新発売されているものもある。わが社は完全に2歩も3歩も出遅れてしまったんだ。開発部主任として君はこの現状をどう考えているんだね?」

「そ、それは。。。私のパワーユニットを搭載したアシストスーツが発表されれば、一挙に逆転できます。現状を打破できます」

「そもそも君がこだわっているそのパワーユニットは強力すぎやしないかね?わが社は介護用品のメーカーだ。寝たきりの人を抱き上げるパワーアシストスーツにどうして最大200kgものアシスト力が必要なのかね?明らかにオーバースペックだ。介護人を関取と戦わせるつもりか?」

「おお、必要なら是非!そもそも20kgのアシスト力よりも200kgのほうがいいに決まっています。介助用品だからこれくらいの能力で十分だなんてナンセンスです。最高のスペックを与え、考え得るあらゆる性能を盛り込んでこそそのマシンに相応しい用途が浮かび上がってくる。科学に手加減なんてあってはならないんです!」

語るうちに彼は次第に饒舌になり、声は大きくなっていった。

デスクの向こう側の本部長はしばらくあきれたような顔で松戸を見ていたが、やがて「わかった、わかった」と両手で彼を制した。

「もういい。君の考えはよくわかった。とにかく内示はしたからね。正式な発令は来月だ。新しい部署でしっかり働きたまえ」

強引に話を断ち切った本部長に会釈し、松戸は部屋を出た。

―――まったく、こいつの道楽みたいな開発研究にいったいいくらつぎ込んだと思っている。これ以上やらせたら俺のクビまで危うくなるよ。会社から放り出されないだけ有難いと思え、マッド・サイエンティストめ!

自分の背中に投げかけられるそんな本部長の心の声が、なぜだか松戸にははっきりと聞こえるようだった。

社内で自分のことを松戸という苗字にひっかけてマッドとかマッド・サイエンティストなどと呼んでいる者がいることは知っていた。

ふん、マッドで結構だ。志の低い連中にボクの目指すものが見えるはずもない。

だが近いうち必ずボクの研究が必要なものだったと思い知らせてやる。

痛いほどに。

泣くほどにだ。

 

無人の研究室に戻った松戸を待っていたのはフックに掛けられたパワースーツだ。

だが、腰や背中をカバーするコルセットやベルトで構成される一般的なパワーアシストスーツではなく、まるでSF映画に出てくる戦闘員が着用している全身を覆うバトルスーツのようだ。

肩から胸部にかけてとひじの部分には堅牢なプロテクターが付き、腹筋と脊椎の上には装着者の体を守ると同時に滑らかな動きを阻害しないための可動パッドが配置されている。背にはバッテリーパックを装備した電動タイプだ。

会社から下された開発指示書の定義によると「横になっている非介護者をベッドの上に座らせたり、重い荷物をトラックの荷台に乗せたりする作業において腰や肩、ひざなどを痛めないよう、装着者の体を要所要所で支える補助具」「スーツ自体を軽量化させるため空気圧などを利用した非電動タイプ」とされている。しかし、松戸は端からそのようなものを開発するつもりはなかった。

彼が目指しているのはまさにアーマだった。

「ただいま、ボクの可愛い娘よ」

松戸はパワースーツに声をかけた。

通常のパワーアシストスーツならいくらでも開発できる。電動であるこのスーツにしても、バッテリーの動作時間は最大10時間、アシスト力は最大30kgとなっている。このスペックだけでも充分最先端の電動パワースーツ商品と対抗できるはずだ。

だが。。。

―――こんなものじゃない。ボクが思い描くパワーアシストスーツはこんな貧弱なものじゃない。だがそのためには。。。

モーターの出力が決定的に足りない。おそらくだが、新型パワーアシストスーツの本領を発揮させるためにはまったく新しい概念の動力ユニットが必要だ。普通の科学者ならここで無理だと諦めるのだろうが、松戸は違っていた。はっきり言えば、この世にあり得ないものを求めているに等しかった。

彼の脳裏にはいつもあの青いヒーローがいた。悪党どもを一瞬で退治して颯爽と去っていったあの姿。そして彼に向けられる賞賛と憧れのまなざし。いつかあの青いヒーローに替わって自分が、このスーパーパワースーツを装着した自分があの賞賛のまなざしを浴びる日が来るのだ。

「だがボクは諦めない。必ず答えを見つけ出してやる。今はまだ見ぬボクだけのまったく新しい動力ユニットを。くっくっく」

松戸は濃いクマの浮いた目で宙を見ながら笑っていた。

 

「松戸さん、あんた機械にゃ詳しいんじゃろ?これ、なんとかならんかのぉ?」

ある日、松戸の家の裏に住む老人が彼に見せたものは。。。かつてメカ次元から襲来したメカ・タレナガースの残骸だった。

建物と建物の狭い隙間に楔のようにはさまっていたため、警察は見つけられなかったようだ。

―――気味が悪い。なんだコレは?

以前これらが暴れまわった異次元からの襲撃事件など彼は知らなかった。だが、奇怪な人型の中にぎっしりと詰まったメカニックが彼の興味を惹いた。老人から台車を借り、苦労して自宅のガレージに運び入れると松戸はさっそく内部を調べ始めた。

「なんだコレは?」

松戸は自身も知らずに声を上げていた。

「うう。うおおお。おお。おわわ」

メカ・タレナガースの残骸に覆いかぶさるように内部をまさぐりながら松戸はうめき声をあげ続けていた。

「すごい。なんだコレは!?どこのメカだ!?誰が開発した!?どういう理論だ!?どこで造ってる!?すごい!すごい!コレは。。。コレなら。。。コレこそ。。。」

ガバっと顔を上げた松戸は表情を失っていた。

まばたきをしていなかったのか、目が真っ赤に充血している。

息をしていなかったのか、すぅはぁと肩を上下させて酸素をむさぼっている。

それは。。。この世ならざるものを見た男の顔だった。

 

(3)正義の味方(ヒーロー)

徳島市郊外にある、とある化学メーカーの工場。

広く立派な正面ゲートは職員専用、来客専用、そして資材の搬入や商品の搬出などの大型車専用のゲートに分けられている。

その大型車専用ゲートの守衛室で手続きを終えた数台のトラックがゆっくりと敷地内に進入してきた。

ピッピッピっという警告音と共にバックでグレーの大きな建物の近くに寄る。

トラックのドライバーたちが入室して10数分後、その建物から大量の大きなビニール袋やドラム缶が運び出されてきた。

シュレッダーで裁断された紙くずを満載したビニール袋、原料を梱包してあったダンボールの束などといった物や、使用済みのオイルを詰めたドラム缶などだ。

今日はこのメーカーの産業廃棄物の搬出日である。

運び出された産業廃棄物はそれぞれ仕分けされてトラックに積み込まれた。

「ゆっくりね。ビニール袋もけっこういっぱい詰め込んであるから気をつけて」

ドライバーのリーダーと思しき男の指示に添って作業は黙々と進められた。

その時。。。

「ギギギィィ」

「ギョギョオオオ」

迷彩色の戦闘服に身を包んだ一団がゲートの守衛を殴り倒して工場の敷地内に踊りこんだ。

「な、なんだ!?」

「誰か、誰か止めてくれ」

乱入した一団は額にドクロが描かれた黒いフルフェイスヘルメットを被り、両手には鋭いツメがはえたグローブをはめている。

たちまち工場内に警報が鳴り響く。

それを聞いて駆けつけた10数人の守衛が四方八方から飛び掛って取り押さえようとするが、謎のくせものどもはいずれも大柄な守衛達を片手でひっつかんで振り回し、投げ飛ばし、手のひらの一撃で大きく後方へ突き飛ばした。

「つ、強い」

「こいつらヨーゴス軍団だぞ」

そうだ。この5人のくせものどもは人間ではなかった。タレナガースが活性毒素を元に秘伝の術で産み出した戦闘員。ポイズンドロイドだ。下っ端の名もない戦闘員とはいえ、生身の人間よりも力は強い。その中には赤いヘルメットに黒いドクロを浮かび上がらせた戦闘隊長の姿もあった。

「警察に連絡、いやエディーだ。エディーを呼んでくれ!」

「工場を守るんだ!」

なかばパニックに陥りながらも守衛たちは手分けして警察へ連絡し、工場への各出入り口をロックしてまわった。エディーへの緊急連絡も多くの場合警察から発せられる。早急な110がカギとなるのだ。

だが、驚いたことにヨーゴス軍団の戦闘員たちは工場へは見向きもせずに産業廃棄物を満載したトラックを目指した。

きいいいい!!

奇声を発しながら紙くずを詰めたビニール袋を引き裂いて中身を撒き散らし始めた。

「あいつら、ナニをやっているんだ?」

「ゴミを。。。ちらかしているだけなのか?」

遠巻きに眺めている守衛たちは拍子抜けしたようだ。

だが!

「いかん!あの調子で奴らがもし廃油が入ったドラム缶を開けたら。。。」

「敷地内の洗浄に2週間はかかるぞ」

「それよりも廃油が川に流れ込んだらえらいことだ!川沿いの田畑に途方もない被害が出る」

思わぬ展開に守衛達は慌てた。

敷地内にゴミが巻き散らかされるだけならまだよいが、周辺住民の生活にまで被害が広がるのはなんとしても食い止めたい。

そんな中、ついに戦闘隊長がドラム缶を積んだトラックの荷台に飛び乗った。

「エディーは!?」

「だめだ。もう間に合わない!」

皆が絶望の淵に追いやられたその時、工場のフェンスを飛び越えて何かが飛来した。

それはそのまま大きくジャンプするとトラックの荷台で廃油のドラム缶に手を掛けようとした戦闘隊長に飛びかかった。

くらへえええええ!

裏返った叫び声とともにそいつは戦闘隊長のこめかみにパンチを打ち込んだ。

グヮシャア!

ガラスを砕いたような妙な音とともに戦闘隊長はトラックの荷台から数メートルも吹き飛んで地面に叩きつけられた。

見ると側頭部がへしゃげて目のあたりから白煙を上げている。どうやら一撃で完全に破壊されたようだ。

「すごい」

「エディーが来てくれたのか?」

にしては早いが。。。?

守衛たちは動かなくなったヨーゴス軍団の戦闘隊長からゆっくりと視線をトラックの荷台に戻した。

そこには明らかにエディーとは違う、白いバトルスーツを纏った男が立っていた。

頭部にはヘッドギアを装着、顔は黒いバイザーで覆われている。全身を包み込む白いスーツはSF映画に出てくる宇宙兵士のような未来的フォルムをしており、首の後ろから背骨に添っての部分や肩からひじを経由して手首までといった体の外郭に沿って骨格を思わせる補強パーツが据え付けられている。それぞれの補強パーツが接合する部分には丸い装置が組み込まれている。この装置こそがスーツにパワーを与えるための動力ユニットである。内蔵されたモーターがパンチやキック、ジャンプなど装着者の動きに合わせて個別に働いていた。

ギョルギョル!

ギャギャギャッ!

リーダーをやられて復讐心に燃えたのか、配下の戦闘員たちが一斉に白いパワースーツに群がった。まるでさっきの戦闘員と守衛のようだが、立場は逆転していた。

ズガッ!

ボコッ!

ガキン!

パワースーツの装着者はトラックの荷台からジャンプすると戦闘員たちの頭上を越えて背後に着地するや、敵の群れにパンチとキックの雨を浴びせた。戦闘員たちも反撃に出る。数に物を言わせて背後から組みついて敵の動きを止め、数人で殴りつけようとした。だが背後の戦闘員はすぐ首ねっこを掴まれて片腕で振り払われ、他の戦闘員たちのパンチもキックもことごとく止められてしまい、その直後に反撃を食らって行動不能に陥った。

とにかく一撃の破壊力が格段に違う。頭部を殴られた者はがくりと膝を折り、下半身に蹴りを食らった者はバランスを失ってあらぬ方向へふらふらと歩いてゆく有様だ。

周囲から歓声が上がった。

おおお!

いいぞ!

パチパチパチ!

その白いパワースーツが表れてわずか数分程度ですべての決着がついた。

守衛や、物陰からようすを伺っていた従業員達が拍手しながらそのパワースーツの周囲に集まってきた。

「有難うございます」

「おかげで助かりました」

「あなたはいったい。。。?」

大勢の人の輪の中心で、パワースーツの装着者はヘッドギアに手をかけた。シュッという音と共にバイザーが額の部分に収納され、装着者の顔が現れた。

細面のやさ男だ。アメフト選手のようなゴツイ男を想像していた皆はちょっと拍子抜けした。

「どなたですか?」

そう尋ねられたとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。その音を聞いたやさ男は急にそわそわしはじめた。

「ボク、いや私は、松戸。。。です」

そう言うと人の輪をかきわけて駆け出した。

そう、彼はあの松戸であった。

メカ・タレナガースの残骸を密かに入手した後、彼は会社の研究室に籠もり、ついにこのパワースーツを完成させていたのだ。予定の10倍近い費用をつぎ込んだが、どうせもうすぐ開発室からは追い出されるのだ。知ったことではない。それに、このパワースーツの評判が上がれば、叱責どころか営業部への異動の話もチャラになるかもしれない。

本来は重い物を持ち上げたり体に障害を持つ人を支えたりする場合の補助器具として15〜20kgf程度のパワーアシストスーツを低予算で開発するべきところではあったが、それを凌駕する200kgfクラスの超高出力モデルの開発を目指してきた。だが、未知のテクノロジーを使ったこのパワースーツは、おそらく1000kgfクラスの力を発揮する。桁違いとはこのことだ。今や松戸はスーパーヒーローの力を手に入れたのだった。

―――くそ、何かかっこいい名前を考えとけばよかった!

舌打ちしながら再びバイザーを降ろすと、走る乗用車を次々と追い越しながらその工場から遠ざかっていった。

 

『ニューヒーロー現る!』

翌日、松戸はエディーに続く、いやそれ以上のヒーローとして報道された。

普通の人間が努力によって素晴らしい発明をし、その力によってヨーゴス軍団を見事に退けたのだ。マスコミはそれを美談として報道し、人々は松戸に拍手喝采を贈った。

自室でテレビを見ながら、松戸は思い出していた。ヨーゴス軍団の戦闘員たちをこの拳と足で撃退した時の、周囲の人間が自分を見るあのまなざしを。そこに込められていたのは、敬意であり、憧れであった。今までの人生で松戸が浴びたことがない視線だった。

松戸はあの時の誇らしい気持を思い出して身震いした。

―――ボクの才能と努力にはあのまなざしこそが相応しい。

あの快感をもう一度味わいたい。

エディーはあの視線をいつも自らに集めていたのだ。だからこそ彼は戦ってきたのだ。

「だけどこれからはボクの番だ。あの視線を独り占めしてやる」

ハハ。。。アハハハハハ。。。。ヒャハハハハハ!

松戸はやがて来るであろう自分の時代を思い描きながら、テレビの前でひとり笑っていた。

 

だが、その10日後、松戸は逮捕された。

 

(4)悪党(ヴィラン)

そもそもなぜ松戸はエディーよりも早く現着できたのか?

徳島県警のある刑事がそんな疑問を抱いたのが捜査の始まりであった。

エディーのスーパーバイク、ヴォルティカのような超高速の移動手段を持っているわけでもない。

そしてなぜヨーゴス軍団はあの日あの工場を襲撃したのだ?奴らが工場ではなく廃棄物を狙ったのはわかる。テロリストではあっても、本来ヨーゴス軍団とは徳島を汚染させることを目的とした秘密結社だからだ。だが産業廃棄物収集日の情報をどこで得た?そして首領のタレナガースはなぜ現れなかった?

やがて県警はひとつの仮説をたてた。

誰かがあの工場の産業廃棄物収集日をヨーゴス軍団に教えた、としよう。当然ヨーゴス軍団は出張ってくる。しかし情報の出所があやふやだった。つまり、やつらが独自に得た情報ではなかったという証左だ。そのため、用心した首領のタレナガースはとりあえず下位の戦闘員だけで襲撃させ、自分は表に現れなかった。

さて、ではその情報をいったい誰がヨーゴス軍団に流したのだ?

答えはわからぬが、その張本人なら当然のことながらあの日あの時間にヨーゴス軍団が工場を襲撃するであろうことを知っている。つまり待ち伏せることも可能なわけだ。

方程式の中の]はおのずと求められた。仮説どおりならその犯人は明らかに松戸だ。

刑事たちは極秘で松戸の周辺を徹底的に洗った。

勤めていた会社で思うような成果を挙げられず開発の仕事からはずされることが決まっていたこと。会社に内緒でかなり高額の開発費を使っていたこと。しかもパワースーツらしきものの設計図と企画書は何部か提出されていたものの、会社が求めた商品としてのパワーアシストスーツの開発に着手した形跡が見当たらないこと。そしてどうやら松戸がメカ・タレナガースの残骸を手に入れていたらしいことなど、彼が犯人であると仮定した場合の動機やその手段がいずれも出揃った。そしてあの事件当日、工場近くの国道を、何か大きな荷物を肩に担いだ松戸が工場方面に向かって歩いている姿が街頭カメラに写っていることが判明したに至って、県警は松戸の逮捕状を取ったのだ。

取調室で取調官に追求された松戸は初めのうちは黙秘をしていたが、もともと精神的タフさに欠けるせいかあっさりと犯行を認めた。

あの工場のゴミ収集日と略図を描いた紙を、ヨーゴス軍団のアジトがあると噂されている眉山一帯に大量に撒いたとのことであった。実際警官たちが眉山山麓を捜索したところ、供述どおりの紙切れが十数枚発見された。

結局のところ松戸は、自らが開発したパワースーツの威力を世間にアピールするためわざわざヨーゴス軍団をおびき出したのだ。

結果的には格闘の末ヨーゴス軍団を退けはしたが、主力であるタレナガースやモンスターが襲撃に参加しなかったことが幸いであったというほかはなく、社会を危険にさらした利己的な行いは厳しく糾弾されるべきである。

威力業務妨害の罪で起訴され、50万円の罰金刑が言い渡された。

当初彼の思いがけない活躍に戸惑っていた会社は、逮捕の報を受け即座に彼を懲戒免職とし、無断で使い込んだ開発費の返還を求めた。

そして松戸は世間から姿を消した。

 

いつもの喫茶店で、ヒロとドクは芳しいコーヒーの香りの中に身を置いていた。

だが、いつもより口数が少ない。黙ってモーニングセットのイチゴジャムとバターが重ね塗られたトーストを食べている。

「まぁ、あれだ」

―――何か言わなきゃな。。。

「なに?」

―――無理して喋らなくていいわよ。。。

ヒロは体勢を整える為にコーヒーをひとくち飲んだ。

「彼も出来心だったんだよ。素晴らしい才能を世間に認めてもらえず、思いあまって間違った手段に訴えてしまったんじゃないかな、ね」

ドクは応えない。

ヒロの言うとおりなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。

とにかく答えが欲しかった。かつてともに科学を愛し、明るい未来を信じて切磋琢磨した仲間が罪を犯した。しかもひとつ間違えば徳島を人間が住めない汚泥の地に変えてしまうかもしれないヨーゴス軍団を使って。

自分自身の気持を整理するためにも、彼の行動について納得のいく説明が欲しかった。だが、ともに研究したかつての友の顔が記憶の渦の底からぐるぐる浮かび上がってくるだけで考えがいっこうにまとまらない。

「ドク、冷たいようだけどここで落ち込んでいるわけにはいかないよ」

「どういう意味?」

ヒロの言葉には冷たいものなど微塵も含まれてはいない。

「松戸くんはこともあろうにヨーゴス軍団をはめたんだ。つまり、コケにしたようなもんだ」

ドクはハッとしてヒロの顔を見た。

そう。そういうことだ、とヒロの目が言っている。

―――松戸くんが危ない。。。

ヒロの言うとおりここでいつまでも憂鬱の虫につきあっているヒマはなさそうだ。

「行かなきゃ」

そしてその前に。。。

「マスター、モーニングセット追加。あんマーガリントーストで!」

オッケー!エリスは大丈夫だ。モーニングセットの追加には賛成しかねるが、ヒロは相棒を頼もしく思った。

いや、その食べっぷりをではなく。。。

 

灯りを消したままの生活を始めてもう何日経っただろう?雨戸も締め切っている。

松戸は社会を呪いながら息を潜めて生活していた。今の天気が晴れているのか大雨なのかもわかならい。

しんと静まり返った家の中で、松戸自身の呼吸の音だけがある。

家のドアや外壁には「社会の敵!」「マッド・サイエンティスト」「徳島から出て行け!」などと書かれた紙がところ狭しと貼り付けられている。

ある夜、げっそりとやつれた松戸の元へふたりの訪問者があった。

タレナガースとヨーゴス・クイーンだった。

「今日は徳島市の松戸さんのお宅にお邪魔します。いやいやいや暗さも、空気のよどみ具合も大変よろしい」

ひとりで何やら言いながらズカズカと家の奥へ入ってくるタレナガース。銀色のドレッドヘアが肩まで垂れている。顔は肉のついていないドクロだ。しかも人の物ではない。まるで幻想の世界の怪しいケモノを思わせる異様なむきだしのしゃれこうべだ。

深い闇を見透かす瞳の無い眼窩。みずからの頬を切り裂き天を脅かさんとするが如き鋭い一対のキバ。生きとし生けるものすべてを嫉み恨んでやるという執念が滲む顔だ。

「奥の水周りからは芳しいカビの香りがしますね。いやぁ気持がいい!」

「トップライトの窓!締めきってありますね。いやあいいセンスだ」

その背後には攻撃的な蜂を思わせるキツく吊りあがった目をした紫の鬼女ヨーゴス・クイーンが控えている。タレナガースの妙なテンションに若干引いているようだ。

「最近週末になるとどこかへ出かけておられるようぢゃが、タレ様ときたらまたしてもなんぞのテレビの影響を受けておられるようぢゃ。。。まったく」

「誰だ?」

さすがに気づいたとみえて、この家のあるじたる松戸が部屋のドアを開けた。

眼前にタレナガースの顔があった。

かあああ!

至近距離で不気味な魔物の顔を拝むと同時にそいつが吐く瘴気を頭からまともに浴びた。

驚きと恐怖の表情のまま、松戸はその場にくずれおちた。

 

「う。。。うんん」

意識と共に猛烈な吐き気と頭痛が襲ってきて松戸は呻いた。

瘴気にやられて動けない。自室の床に仰向けに倒れたままである。

「おお気がついたか。すまぬのう、そなたを苦しめるつもりではなかったのじゃが、人間を見るとついいつもの癖でのう。。。」

「まったくお茶目なタレ様じゃ」

ふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょ。

人ではない何かが自分を覗き込んでいた。

クマ、オオカミ、イノシシ。。。松戸は自分の知っているケモノの顔を思い浮かべては眼前の何かに当てはめてみたが、どれも違う。

「なんだ?誰なんだ、おまえら。。。?」

痛む頭と内臓全部を吐き出しそうな気持悪さに堪えながら、松戸は蚊の鳴くような声で尋ねた。

「余を知らぬのか?コホン。ヨーゴス軍団首領タレナガース様と大幹部ヨーゴス・クイーン様である。先日は余の手下が世話になったのう」

―――そうか、仕返しに来たってわけか。ははは。。。

床に仰向けのまま、松戸は弱弱しく笑った。畜生、もはやこれまでか。

「ふん。ひひ、ひと思いに。。。こ。。。こ。。。ころ。。。こ。。。こ。。。」

「もうよい。死にとうないのじゃろう。無理せんでよいわ」

タレナガースは松戸の胸ぐらを片手で引っ掴んでグイと持ち上げると、そのおぞましい顔を相手の鼻先まで近づけた。

「貴様らのような下賎なる人間どもをあの世に送るだけなら、わざわざ余が直々に出向いてくるはずもなかろう。モンスターかダミーネーターで十分じゃ」

タレナガースはふん!と鼻息を荒げた。

「まぁもっとも、我らがヨーゴス軍団をあそこまでコケにしてくれたのじゃ。業火地獄めぐりツアーに招待してやってもよいのじゃがのう。己の欲望のために他を利用し踏み台にする、とことん見下げ果てたその根性が気に入った。ゆえに特別にヨーゴス軍団の一員として迎えようと、こうして参上したのじゃ」

「なんと名誉な、人間団員第1号じゃ」

ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ。

ひょっひょっひょっひょっひょ。

「ボクが、ヨーゴス軍団に?」

「嫌かえ?」

クイーンの問いに松戸は応えられなかった。はい、とは言えなかったが、なぜだかいやだ、とも答えなかった。そんな揺れる思いをタレナガースは見透かしているようだ。

「貴様、例のパワースーツを造るにあたって、異次元から来た余のメカニカルバージョンのしくみを調べたであろう?」

松戸は無言で頷いた。

「で、どう思った?」

「どう、だって?。。。まるで無茶苦茶だ」

「ほう。無茶苦茶とな?」

「あんなもの、理屈も理論もあったもんじゃない。どういうしくみか説明しろと言われてもボクには到底できない。あんなメカがあってたまるか!なのにちゃんと完結している。メカニックとして起動しているんだ。しかもすごいパワーをたたき出す。訳がわからない」

「ふぇふぇ。それが貴様らの限界なのじゃ。この世のことわりに捕らわれている限り、人間はいつまでたっても愚かなままよ」

松戸には返す言葉がなかった。現に彼自身、彼が造ったパワースーツの原理を完全に理解しているわけではなかった。釈然としない気もするが、そこに答えがあるのならそれで構わないと思うようになった。方程式はいずれ答えの中からおのずと現れてくるだろう、と。

「ひとつ尋ねるが、そなたあのパワースーツでエディーに勝てると思うかえ?軍団員として肝心なのはそこよ」

ヨーゴス・クイーンがタレナガースの背後から身を乗り出した。

松戸はしばし黙考して答えた。彼はあのパワースーツのとある弱点に気づいていたのだ。

「無理。。。だと思う」

「ほほう。そのようすだと既に気づいておるようじゃな、兵器としてのあのスーツの弱点に」

「。。。ボクだ。ボク自身だよ」

それを聞いてタレナガースは満足げに頷いた。

「さすがじゃ。いくらハイパワーの強化スーツを着けていても、装着者である貴様がそのようにひ弱では満足に戦うことなどできぬ。せいぜい戦闘員に不意打ちを食らわすのが関の山じゃ。人間とパワースーツをひとつのユニットとして見た時、生身の貴様が最大の弱点であるということじゃな」

「なんじゃ勝てぬのか。ならばこの男に用などないではないか」

クイーンがつまらなさそうに吐き捨てた。

「まぁ待て、クイーンよ。そこでこの男がヨーゴス軍団に入れば、余が秘伝の呪術によってこのひ弱なる肉体をあのスーツに相応しい堅固なるものに変貌させてみせようぞ」

松戸は「変貌」という言葉にひっかかった。強化でも改造でもない。変貌。

―――ボクはモンスターに変えられるのか。。。

「察しの良いヤツじゃ。どうじゃ、人であることを捨ててあのスーツの最大限のパワーを満喫してみぬか?」

「そなた、あの工場で人間どもに囲まれ神のごとく崇められてさぞ嬉しかったであろう。あの快感を今一度味わいたいとは思わぬかや?この世のことわりから解き放たれた者にのみ与えられる無限の可能性を試してみたいとは思わぬかや?」

タレナガースとヨーゴス・クイーンの言葉はどろりとした液体のように松戸の耳から入って脳にまで達した。

熱く、甘い、誘惑だった。まるで熱した蜂蜜のような。

―――そうだ。。。あの目。ボクに向けられるたくさんの賞賛の視線。あの視線こそボクが焦がれるほど欲しかったものだ。ボクに相応しいものだ。

「ボクこそヒーローだ」

―――決まった!ふぇっふぇっふぇ。

堅いどくろの、変わらぬはずの表情がニマリと歪むように笑った。

「ヨーゴス軍団へよおぅこそ」

 

翌日、県警の厳重な倉庫から押収した松戸のパワースーツが忽然と消えていた。

そして松戸自身も自宅から姿を消していた。

松戸の家を訪れたエディーとエリスは臍をかんだ。

「ひと足遅かったか!?」

「ヨーゴス軍団にさらわれたのかしら?ひどい目に遭っていなければいいのだけれど」

なんとしても彼を奪い返さなければ。

空を覆う黒い雲を見上げてふたりは決意を固めた。

 

(5)襲撃 その1

今月は連休が多い。

休日を家族と楽しみ、仕事で溜まったストレスを心から解き放ってリフレッシュしよう。国を挙げてのリクレーション推奨に、多くのビジネスマンも職場を離れて家庭へと戻った。

徳島県内には都会のような大きなテーマパークなどは無いが、大型ショッピングセンターは格好の遊び場所になる。

遠くからでも見える巨大なショッピングセンターの駐車場は、まだ開店して間もないというのに地階から屋上までびっしりと埋まってしまった。今日も大盛況だ。

「おい、どこの業者の車だよ、これ」

いつのまにか商品搬入口の正面に1台の2tアルミバントラックが停まっている。これからどんどん運び込まれてくるであろう物資の搬入には著しく邪魔になる場所だ。警備員は眉間に皺を寄せて運転席を覗き込んだ。誰かいようものなら思いっきり苦情を言ってやろうと思ったのが、あてが外れて舌打ちした。車のボディーにも店の名前らしきものは何も描かれていない。

その時。

ガコン。

後部貨物室の中で何かが動く音がした。

―――後ろにいやがったか。

警備員は逃がすまいと小走りで後ろへまわった。サディスティックな喜びが湧き上がってきた。

 

ブブ。。。

<準備はよいかや?>

暗闇の中から声が沸きあがった。

声の感じから、それがスピーカーを通したものであることがわかる。だが、その声は直積的であれ間接的であれ、耳元でなど絶対に聞きたくない不気味な響きをまとっている。そうだ。タレナガースの声だ。

「暗いし、窮屈だ。。。」

今度は生の声だ。これが松戸の声なのか?まるで銅鑼の上で角ばった石を転がしたような耳障りな声だ。

<準備はよいかと訊いておる>

ビリッ!

一瞬電気が走ったような音とともに「ウウッ!」という苦悶の声があがり、ガコン!となにかが壁に当たったような音がした。

<よいか、余は常にそのほうを見ておるぞ。余の言うことに素直に従わねば、このように頭のてっぺんに電流が流れるのじゃぞ。よいな>

「わかった」

その時、暗闇の中をドンドンドンという音が響いた。

<なんじゃ?>

「誰かが外からドアを叩いているんだ」

 

警備員は勢いよく貨物室の後部ドアを開けた。

「おい!あん。。。。た。。。!?」

だが警備員は言葉を途中で呑みこんだ。貨物室にいたのは思わぬモノであったからだ。

―――筋肉?

そう。まさしく筋肉の塊だ。白いスーツを纏ったムキムキの塊がトラックの貨物室内いっぱいに詰め込まれている。

―――スポーツショップのディスプレイか?

だがその筋肉の塊は蠢いている。生きている!?

ぬぅとアタマが外に出た。1段高いトラックの荷台から身を乗り出し、ほぼ真上から警備員を見下ろす格好だ。

アタマはオートバイレーサーのようなフルフェイス型ヘッドギアを被っている。黒いシールドが顔全体を覆っていて表情は伺えないが、頭に比べて首から下が異様に大きい。

何かのマシンスーツを装着している。

警備員は知る由もなかったが、それは松戸が開発した例のパワースーツだ。県警の保管庫から忽然と消えたパワースーツが今こうしてヨーゴス軍団のモンスターに装着されている。

だがこのスーツは松戸がヨーゴス軍団の戦闘員を撃退したときに装着していたものよりは格段に大きい。そもそも装着している肉体が、華奢な松戸とは似ても似つかぬ筋肉だるまである。してみるとこのモンスターはヨーゴス軍団の超常的な技によって常人をはるかに凌ぐ筋肉とパワーを持ちながら、このパワースーツによってさらにその何倍もの破壊力を発揮できるということなのだろう。

「どいてよ」

異様な筋肉のつき方が声帯まで圧迫しているのか、何度聞いても割れた耳障りな声だ。

「モモモ。。。モンスターだぁあああ!」

ようやくその奇怪な存在の正体に思い至った警備員は金切り声をあげると、体をその筋肉モンスターに向けたまま後ろ向きに走り出した。叫びながら後ろ向きに走る競技があったならギネスもののタイムをたたき出したに違いない。

モンスターは逃げる警備員には目もくれず、ゆっくりとトラックの貨物室から地に降りた。その瞬間、限界まで沈んでいたトラックの車体が重しを失って跳ね上がった。

そのモンスター松戸は体を伸ばすと身長3メートル近くある。買い物客でにぎわうショッピングセンターを見上げて「行きます!」と低いガラガラ声で叫んだ。

こいつなりの宣戦布告だった。律儀なことだ。

 

チン。

エレベーターが4階に到着した。通常より間口がかなり広い業務用エレベーターだ。ドアが左右にスゥーと開き先刻のモンスターがのしのしと歩み出た。

ダンボール箱を載せた台車をついてエレベーターに乗り込もうとしていたスタッフが運悪く鉢合わせてしまい、モンスターの片手の一振りに跳ね飛ばされて昏倒した。

グァシャアン!

かたや台車のほうはショッピングセンターの賑わいに不釣合いな騒音と共にスタッフエリアからショッピングエリアへと飛び出した。

店のディスプレイを眺めながら楽しげに歩いていた大勢の買い物客が、びくっとすくんで一斉に音がしたほうを注視した。まるでフリーズした動画のようだ。

『あ〜あ〜、本日もショッピングセンター・ヨーゴスにようこそ。タレナガース様じゃ』

いきなり、このうえなく耳障りな声がスピーカーから流れた。妊婦や小さい子供たちなど抵抗力の弱い人たちにはこの声だけで病を発症するかもしれぬ。

ヨーゴス軍団首領タレナガースだ。

『さぁてお立会い。これよりご覧に入れまするはヨーゴス軍団が誇る改造人間ダミーネーターである。強化筋肉を全身に纏うダミーネーターに、今やお馴染みとなった外骨格パワースーツを装着させた、お手軽にしてハイパワーなモンスターであるぞよ。名づけてマッド・マッスルじゃ。さぁさぁ皆の者、恐れおののいて逃げ惑うがよい。ふぇっふぇっふぇ』

その放送が終了するや、巨大な筋肉モンスター、マッド・マッスルが通用口からぬうと姿を現した。

<どうじゃ。皆が驚きの目でそのほうを見ておるであろう?注目されておるぞ!>

マッド・マッスルのヘッドギアの中からタレナガースの声がした。

<さあ、皆にあいさつしてやれ!>

「こんにちは」

<阿呆!吼えてビビらせるのじゃ!>

ビリリリ!

ぎゃああおおおおお!

マッド・マッスルは全身を震わせて叫んだ。

ぐるああああ!

頭頂部を針で刺すような電流の苦痛によって、太い両腕を振り回し、拳でショーウインドーを叩き割り、体当たりで壁を突き崩して店内に踊りこんだ。

「きゃああああ!」

「助けて!」

「に、逃げろ!」

突如乱入し暴れ始めたマッド・マッスルに、人々はパニックを起こした。逃げているようで同じところをグルグル駆け回っているだけの人もいる。

<いいぞ、もっともっと暴れるのじゃ。さもなくばヤツは来ぬぞよ。ふぇっふぇっふぇ>

ぐおおおおお!

うおおおおお!

マッド・マッスルは動きを止めることなく叫び続けながら店舗のディスプレイや陳列棚を破壊し続けた。

ヘッドギアの内部では、その頭頂部に断続的に電流が流され続けていた。

 

「タレ様や、ちょっと悪ノリしすぎではないかえ?ビリビリしすぎてヤツめがダメになってしもうては元も子もないではないか」

ヨーゴス・クイーンがタレナガースの耳元で文句を言った。

タレナガースとクイーンは気持の悪い顔を寄せ合ってひとつのモニターを覗き込んでいる。

ここはショッピングセンターの屋上に停めてある2tアルミバンの貨物室の中だ。殺風景な内部に置かれたモニターには車外から引っ張り込んだコードの束が接続されている。どうやらショッピングセンター内の監視カメラの映像を盗み見しているようだ。画面は4分割されていて、スイッチの切り替えでセンター内のあらゆるエリアが手に取るように見えている。

傍らには縄でぐるぐる巻きにされた警備員が転がっている。このモニターを無理やりセットさせられた後、この憂き目に遭ったとみえる。

「ふん、構うものか。せっかくあのように逞しき肉体を与えてやったのじゃからして、存分に暴れまわってもらわねば宝の持ち腐れじゃ。ヤツめの体に流し込んだ強化薬剤は電流に敏感に反応するでな。激痛が走っておるはずじゃ。あやつはああ見えてええかっこしいじゃから、痛い思いをさせねば暴れようとせぬのでのう。ホレホレホレ」

「まぁ、誰ぞが苦しんでおるのを見るのはわらわも嫌いではないがのう。ひょっひょっひょ」

その時、モニターの左下、屋外カメラが映し出した映像にタレナガースが食いついた。

「おお、ようやく本命のお相手がやって来たぞ」

 

ヴォン!

爆音と共に1台のサイドカー付き大型バイクがショッピングセンター脇に到着した。

エディーとエリス、徳島を悪の手から守る青き渦の戦士たちだ。

ショッピングセンターにモンスター現る!の報を受けてやって来たのだ。

バイクを降りたふたりは駈け寄った警備員の説明を受けるや、モンスターが暴れる現場を目指して駆けた。

 

ごあああああ!

<ヤツめが来たぞ。心せよ>

タレナガースからの無線に、マッド・マッスルはしばし動きを止めた。

―――エディーが来たのか。

徳島県民が慕う渦戦士エディーを撃破してやる。一番強いのはこのボクだ!賞賛されるべきはボクなんだ!

―――さあ来い。

マッド・マッスルは身構えた。エスカレーターとエレベーターの両方を視界に入れている。どちらから来ても素早く対応できるはずだ。

その時、マッド・マッスルは首筋に涼やかな風を感じた。何気なく風が吹いてくる方を振り返ったマッド・マッスルは、ドゴッ!と何かの強い衝撃を受けて仰向けにひっくり返った。

ぐわあああん!

うなり声を上げながら、マッド・マッスルの巨体はよく磨き上げられたショッピングセンターの通路を遥か向こうまで滑っていった。通路の中央に置かれていた大きな観葉植物の植木鉢を砕いてようやく止まった筋肉モンスターは、上半身を起こしてさっきまで自分が立っていたあたりを見た。

4階の窓が開いている。まさか、あそこから侵入して攻撃してきたのか!?

買い物客が逃げて誰もいなくなったところに誰か立っている。

―――あいつだな!

マッド・マッスルは怒りのうなり声とともに立ち上がった。

―――くそ。バカにするなよ!

頭に血が上ってくる。破壊衝動が体内のナニかに反応してか、全身が燃えるように熱い。

―――メタメタにやっつけてやる!

マッド・マッスルは左右のウインドーを震わせながら駆け出した。一気に相手との距離を詰める。

長身だ。

姿がよく見えるにしたがって頭に血が上ってくる。許さない!

銀のアーマに黒いボディ。

ドシンドシンと地鳴りのような音がフロアに響く。

額に青いひし形のエンブレムが輝いている。胸にも同じ色のコアが忌々しい光を放っている。

そうだ。これが、こいつが渦戦士エディーだ!

駆けながらマッド・マッスルは拳を固めて巨木のような腕を振り上げた。装着しているパワースーツのモーターがその力を感じて破壊力を何倍にも膨らませた。

黒いゴーグルがじっとこちらを見ている。底知れぬ冷ややかさを感じる視線だ。それはつまり自分が悪党であるということだ。

―――構うものか!

ぶうん!

唸りを上げて拳が飛来した。店舗の壁を突破り、陳列棚を粉々に破壊した拳だ。

エディーは自分の顔ほどもあるその大きな拳を上半身の動きだけで難なくかわしてモンスターの懐に入り、左右の掌を揃えて分厚い胸板に打ち付けた。

バン!

何かが弾けるような音とともに、マッド・マッスルは再び真後ろへ吹っ飛び、またもやショッピングモールの通路を滑っていった。だが今度は吹き抜けの手すりを壊して2階のカフェのパラソルの上へ真っ逆さまに落下した。エディーが放ったのは、手のひらに集めた渦パワーを気合と共にはじき出す掌底撃ちだ!

ドシーーン!ガシャン!ガラガラガラ!

テーブルやイスが飛び散らかる音とともに、階下へ避難していた人々の悲鳴があがった。

 

「ヤバくないかえ、タレ様?どうも一方的にやられておる。。。というより半分遊ばれておる気がする。せっかく大幅な筋肉増強をしてやったというのに。こやつ、エディーに勝てようかのう?」

モニターを凝視しているヨーゴス・クイーンが見ていられぬという風情でタレナガースに尋ねた。

タレナガースは「ふん!」と鼻を鳴らした。クイーンに言われなくとも戦況は明らかに不利だが、こやつは意に介しておらぬようだ。

「勝てるわけがないわい」

あっさりと言った。これにはさすがのクイーンもぽかんと己の首領を眺めている。

「勝てぬ。。。とは?タレ様は最初から負けるとわかっておったのかえ?」

その真意を測りかねてクイーンは問い詰めた。お遊びもよいが、やる時はやってもらわねば困る!

だがタレナガースははじめてモニターから視線を離し、ヨーゴス・クイーンのほうへ向き直った。

「クイーンもわかっておろう。エディーの強さは本物じゃ」

正面からそういうタレナガースのどくろから並々ならぬ悔しさがにじみ出ている。その迫力にクイーンは気圧された。

―――お、お遊びなどではない。タレ様は本気であらっしゃる。。。

「マッド・マッスルの肉体は単に筋肉暴走剤を注入しただけじゃ。いわば即席の擬似モンスターというても差し支えない」

「ぎ、擬似モンスター?じゃが、はじめにタレ様はあやつの肉体になにやら細工をしておったであろう?」

「それは筋肉暴走剤に耐えられるようあらかじめ細胞耐性を上げる手術をしただけのこと。筋肉暴走剤を普通の人間に投与すれば5分であの世行きじゃからのう。まぁあの手術は言わば肉体改造の基礎工事のようなものじゃ」

―――ふうむ。

ヨーゴス・クイーンはあらためてモニターに写るモンスターを見た。

―――哀れなヤツ。

「同情しておるのか?ふぇっふぇっふぇ。鬼女と恐れられたヨーゴス・クイーンも焼きが回ったのではないか?」

「ぶ、無礼な!同情などという腑抜けた感情は持ち合わせておらぬ」

心を見透かされたような気がして、クイーンは慌てた。

「ならばよい。ヤツは仮にもこのヨーゴス軍団をコケにした輩じゃ。それなりにツケは払ってもらわねばならぬ。それでも己がこしらえた外骨格スーツを着てこうしてエディーめと一戦交えられたのじゃ。果報なことではないか」

「じゃが、あれが単なる筋肉暴走剤によるものであれば、こうして暴れておられるのも今のうちではないかえ?」

「まあな」

 

(6)襲撃 その2

ぐああああ!

4階から2階にまで落とされたマッド・マッスルは怒りの雄たけびをあげて立ち上がった。

その眼前に、ふわりとエディーが舞い降りた。

マッド・マッスルは手近に転がっているイスを片手でエディーに投げつけた。

それをエディーは両手でしっかりと受け止め、そっと通路の端に置いた。

「エディー、いきなりモンスターが降ってきたわ!?」

エリスだ。

彼女は敵モンスターを急襲すべく4階へ上がったエディーと分かれて上階の買い物客を下へ下へと誘導していたのだ。いきなり目の前に巨大な筋肉の塊が落下してきて彼女自身も腰を抜かすところだった。

「すまないエリス。上の階で決着をつけるつもりだったんだけど、つい力が入ってしまって」

エディーは周囲の非難状況を見回した。4階と3階からの買い物客たちがまだかなり残っている。戦い方にも気をつけなければならない。

「エディー、この筋肉モンスター、ダミーネータータイプね。しかも県警本部から奪われたパワースーツを装着しているわ」

エリスはモンスターをじっと観察していた。いつだって彼女の冷静な観察眼は、エディーの戦いに有利な情報を与えてくれる。

「ああ。戦い方も典型的なパワーファイターだ。それにしても違法に使われたとはいえ松戸君の開発したスーツを再び悪事に使うなんて許せないな」

「自分達を退けたスーツを今度は自分達のモンスターに装着させたのね。まったく恥知らずな!」

モンスターはエディーとエリスを睨んでいる。そのモンスターをエリスは正面から睨み返した。

―――松戸君の発明をこんなふうに弄ぶなんて許せない。

かつて共に科学の道を歩んでいた松戸の姿を思い浮かべると、彼女は急に腹が立ってきた。

『ふぇっふぇっふぇ。新型ダミーネーター、マッド・マッスルは。気に入ってくれたかのう?』

もう紹介も説明も必要ない。

「きさまタレナガース!松戸君のパワースーツまで悪事に使ったのか!どこまでも卑劣なヤツ!」

「姿を見せなさいよ、このタヌキおやじ!」

「なんと口の悪い娘じゃ。品の悪い人とは口をきいちゃいけないって言われてるんだもぉん」

「言われてるんだもぉん。じゃないわよ!躾なんかとは無縁なくせして。いいわ。エディー、かわりにこの見苦しいマッド・マッスルとやらをやっつけちゃって!」

「見苦しいだと!?」

エリスの言葉にモンスターが反応した。異性からの侮蔑の言葉が、タレナガースの言葉を借りれば、ええかっこしいの自尊心を傷つけたようだ。

マッド・マッスルが怒鳴った。銅鑼を鉄の棒でひっかいたような声だ。

だがこれにはエディーもエリスも少なからず驚いた。

「エ、エディー、ダミーネーターってこんなふうに感情を露わにするヤツだったっけ?」

「確かに違和感があるな。ヨーゴス軍団のモンスターってのは邪悪な肉体の創造や改造に軸足を置いているから感情なんてものには無縁なはずだ。いつも怒ったり笑ったりしているのはタレナガースやヨーゴス・クイーンだし」

ふたりは明らかに戸惑っている。そして珍しがっている。この感情の表し方はまるで人間だ。。。人間?

―――まさか?

いやな予感がする。だがそんなはずはない。

エディーは左の手のひらを前にかざして、待て、落ち着けと訴えるポーズで慎重にマッド・マッスルに近づいた。

人間に近い感情を有するのなら、落ち着かせてコミュニケーションをとることも出来るのではないか?

「おい、落ち着いてオレの話を聞いてくれ。おまえはモンスターなのか?本当は人ではないのか?」

「ワルイか?」

やはりひどい濁声だ。だが決まりだ。間違いない。

「ねぇ、どうしてこんなひどいことするの?」

エディーもエリスも出来ることなら話し合いでこの場を収めたかった。

ビリリリ!

がああああ!

マッド・マッスルはまた突然暴れ始めた。

「危ない、エリス下がれ!」

咄嗟に相棒を庇ってエディーはマッド・マッスルの正面に立った。

ぶぅん!

どしん!

ビリッ!

エディーを狙って、というより電撃の苦痛に振り回した太い腕がエディーの胸のコアを捉えた。エディーは左右の腕をクロスして間一髪で殺人ラリアットの直撃を防いだが、もし喰らっていたら彼のエナジーコアに痛烈なダメージを受けていたかもしれない。

―――なんだ、今の感じは?

エディーはマッド・マッスルの腕と自分の腕が触れ合った瞬間、電流が走ったような感覚を覚えた。

「エリス、こいつの体に電流が流れているみたいなんだけど?」

マッド・マッスルは今も雄叫びを上げて暴れまわっている。

だが、冷静に観察してみれば、何かの標的を破壊してやろうという動きではなく、ただ闇雲に暴れまわっているだけだ。

エリスがタブレットのカメラでモンスターを捉え、その姿を解析し始めた。

「エディー、間違いない。そいつの体にはかなり強力な電流が流されているわ。頭のてっぺんからね。こんなの、痛くて耐えられやしないはずよ」

「じゃあマッド・マッスルはただ痛くて暴れているってことかい?」

「きっとそうね。それに彼の筋肉がその電流に対して異常なほどに激しく反応しているの。タレナガースの毒性薬剤のせいじゃないかしら?」

ならば、このモンスターとコミュニケーションをとるためにはまずその電流をなんとかしらければならない。

エディーは攻撃の狙いをヘッドギアに定めた。マッド・マッスルがただ闇雲に暴れているだけなのなら、こちらの攻撃も容易いだろう。エディーはジャンプすると敵の頭上を飛び越え、その刹那ヘッドギアに手刀を叩き込もうとした。

ビリリリ!

うがああああ!

一段と激しい電撃が加えられ、マッド・マッスルはのけぞって苦しがった。傍らの洋品店のウインドーが粉砕されて、モンスターの巨体が店内になだれ込んだ。美しく陳列されていたバッグやアクセサリーが四方に飛び散る。

おっと!

突然の動きに驚いて空中でバランスを崩したエディーは危うく肩から落下するところだったが、間一髪体をひねって片ひざをついて着地した。電撃を浴びるたびにマッド・マッスルが発作的に暴れるために思いのほか狙いを定めにくい。 

―――こいつは厄介だな。

 

「エディーめ、今ヘッドギアを狙ってきおったのではないかえ?」

「うむ。どうやら電流のしくみに気づいたようじゃな」

アルミバンの貨物室の中に潜んで監視カメラで戦況を見ていたタレナガースとヨーゴス・クイーンはそろって「ううむ」と唸り声をあげた。

エリスの分析力にエディーの即応力。。。やはりこのコンビは一筋縄ではゆかない。

「筋肉暴走剤の効き目もそろそろ切れるであろう。次の手を打つ頃合いじゃ」

タレナガースのひとりごとが次なるラウンドのゴングであった。

 

ガアアン!

バチバチ!

ついにエディーの延髄切りがマッド・マッスルのヘッドギアの後頭部辺りに炸裂した。ヘッドギアの中で何かが火花を散らせた。内部のシステムが今の一撃で破壊されたようだ。

がくりと両膝をついてマッド・マッスルはしばし動きを止めた。どうやら頭頂部からの電流を止めることに成功したようだ。

マッド・マッスルは肩を上下させて大きく息をしていた。自分はヨーゴス軍団の処置を受けている。科学とは無縁の理にかなわぬ不思議な処置だった。だが、そのおかげでこの筋肉を得た。このパワースーツに相応しい肉体だ。これくらい暴れたところで息が切れたりするはずは無い。

だが、おかしい。。。胸が苦しい。。。めまいがする。

―――なんだ、これは?

なんだか自分が少し小さくなったような、心細い気持に襲われた。

その時、エディーが近寄ってきた。そろりそろりと身構えたままで。

「君の正体を明かしてくれないか。もともと人間だったのだろう?」

エディーの問いに、マッド・マッスルは意を決したようにゆっくりと立ち上がるとヘッドギアを頭からはぎとってエディーたちに顔を向けた。

「ボクは人間だ!」

「あっ!?」

「うそでしょう?」

エディーとエリスは驚いて声を上げた。

「ボクの本当の名は松戸だ」

そうだ。このモンスターこそタレナガースとヨーゴス・クイーンにスカウトされてヨーゴス軍団の一員になったあの松戸であった。

異次元から来たというメカ・タレナガースの残骸を偶然手に入れた松戸は、その不可思議なテクノロジーを応用してスーパーパワーの外骨格式パワーアシストスーツを開発した。そしてそのスーツを装着してヨーゴス軍団の戦闘員たちを一蹴しその威力を県民達に見せつけたまではよかったが、彼自身がヨーゴス軍団を誘い出したことがバレて罪に問われた。社会からも追われて、それまで懸命に培ってきたものをすべて失った。

そしてぽっかり空いた心の隙間にタレナガースがやって来た。

心の隙間は埋まったのだ。。。真っ黒い毒で。。。

ふと気づくと、エディーとエリスが自分を凝視している。だがその視線には驚きと、悲しみが込められているのがわかった。

「キ、キミは。。。マッド・マッスルは松戸君だったのか?」

「うそよ。。。本当に松戸君なの?うそだと言って」

―――なんだ?なんでエディーはうろたえている?なんでエリスは泣きそうな声を出しているんだ?

「松戸君、キミは。。。作られた状況だったとはいえ、一度はヨーゴス軍団を撃破したじゃないか?なのになぜタレナガースの配下になんかなったりしたんだ!?」

「罪ほろぼしをした後はきっとあなたの研究を世の中に役立つことに使ってくれると信じていたのに」

―――な、なんだなんだ?ボクが松戸だってわかった途端、こいつらナニを熱くなっている?

体が小刻みに痙攣を始めた。装着しているパワーアシストスーツは伸縮型アームを採用しているため、松戸の体にフィットしたままだが、なんだかまた少し体が小さくなったようだ。そのかわり声は幾分人間らしくなったようにも思える。

「ボクは、お前みたいに、いやお前に代わって、皆から憧れの目で見られたい。それだけの値打ちがボクの発明にはあるはずだ」

しばしの沈黙の後、エディーが口を開いた。

「キミはいったい何を言っているんだ?」

「憧れの目で、ですって?まわりの人々をよく見なさい。あれが憧れの目だと言うの?」

エリスにそう言われて松戸はあらためてまわりを見渡した。

エリスたちに誘導されて避難しかかっている人たちが壁際に集まって身を寄せ合い、じっとこちらを見つめている。エディーたちが来てくれたからか今は幾分落ち着いているが、松戸を見る彼らの視線はどれも等しく。。。

―――おびえている?

「。。。?何故だ。どうしてみんなそんな怯えた目でボクを見るんだ?どうしてそんな非難めいた目でボクを見るんだよ?ボクはこんなに強いのに。このパワースーツがあればボクは誰よりも心強い味方になれるのに!?」

松戸の顔からは血の気が引いている。おそらくはタレナガースの毒性薬剤の副作用だろう。だがそれ以上に松戸の顔には驚愕と失望の色が濃く刻まれている。

彼は自らの発明によって県民から尊敬の対象として見られることを望んでいたのだ。エディーがそうであるように。

「ヨーゴス軍団が県民の尊敬を得られるとでも?」

「ガキ大将より始末が悪いわね。あなた、ヒーローってものがまるでわかっていない。エディーはみんなの賞賛を得る為に戦っているわけじゃないのよ」

「フン、嘘をつくな」

一度あの視線を浴びたら忘れられるわけはない。またあの賞賛の渦の中にこの身を置かずにはいられない。憧れと声援なくして生きていけるわけはないんだ!

「しかも、こんなに素晴らしい発明だぞ。このパワーをもってすれば、人間はあらゆる肉体労働の苦労からも解放される」

「取ってつけたような理屈を言わないで。所詮異次元の科学力の盗用じゃないの。そんなものに何の値打ちがあるっていうのよ」

「フン、キミにはわかるまい。コレを使えば科学は一気に100年分進化するんだぞ。それを捨てられるか?」

「捨てるに決まってるじゃない!」

エリスは声を荒げた。松戸はビクッとしてエリスの顔を見上げた。自分が100%当たり前だと思い込んでいたものを、エリスは頭ごなしに否定した。なんだよ。この渦のヒロインに何か言われるたびに信じているものをひとつずつ失ってゆくようだ。体がどんどん小さくなってゆくようだ。一体どうなっている!?

「県警で回収したメカ・タレナガースの残骸はひととおりそのしくみを調べたわ。確かに驚くべきメカニズムだった。悔しいけれど異次元のAIの科学力は確かに私達の100年先を行っていたかも知れない。だけど、そんなものはすべて廃棄したわよ」

「何だって?バカか。。。君たちは」

「馬鹿はどっちよ!?そんな理屈も理論も解明できないメカニックを使って、それで科学者として満足できるの?わけもわからないメカニックを一体どう使えって言うのよ!?異次元のふんどしで相撲取ってんじゃないわよ、この恥知らず!」

―――エリス。。。

モンスターに成り下ってしまったかつての盟友の前に立つ相棒の後姿をエディーは見つめた。彼女は渦のマスクの下であきらかに泣いている。

う、ぐえ。。。

松戸は激しく嘔吐した。真っ黒なものが彼の口から吐き出された。

「キミ、大丈夫か?苦しそうだが」

エディーが松戸を気遣った。そのゴーグルアイには暖かいやさしさが込められている。それに松戸は気づいただろうか?

「松戸君、タレナガースから受けた言葉も入れ知恵も変な夢も、全部その毒と一緒に体から出しちゃいなさい。苦しいでしょうけど、辛いでしょうけど、全部出し切って空っぽのあなたに戻りなさい。私が。。。」

エリスが膝まづいたままの松戸の傍らにペタリと座り込んで、すっかりもとの大きさに戻ってしまった松戸の背をそっと撫でた。

「私が必ずもとに戻してあげるから」

パワースーツを装着したまま体を震わせ、胸をかきむしりながら嘔吐する松戸の横に、エリスはずっと寄り添っていた。

「もう俺の出番は終わったみたいだな」

エディーはふうう、と息を吐いた。

グアアアアン!

その時、2階の天井が破裂したように崩れ落ちた。

「むっ!?」

一度は緊張を解いたエディーの全身に再び闘気がみなぎる。3階からおぞましい瘴気とともに黒く巨大な何かが地響きと共に落下してきた。

ズウウウウン!

着地の衝撃で2階の床にも無数のひび割れが走った。

しゅううううう。

現れたのは山のような頭部をもつ巨体のモンスターだ。エディーよりも数十センチは上背がある。

「ビ、ビザーン!」

そいつはエディーとエリスが過去何度も戦ったヨーゴス軍団の主力モンスター、ビザーンだ。こともあろうに徳島市のシンボルともいうべき眉山の形を模した頭部を持っている。ご丁寧に眉山山頂のテレビ塔やパゴダ平和記念塔までが造りこまれている。体の大きさに不釣合いな大きな頭のためにバランスが悪くスピーディーな攻撃はできないが、その欠点を補って余りあるパワーは再三エディーをてこずらせてきた。

しかもこいつは。。。

「全身真っ黒ね。なんだか強そうだわ」

エリスが言うとおり、頭頂から足のつま先まで黒一色だ。加えて肩、背中、腕などは不自然なほどに筋肉が盛り上がり、異様なフォルムを呈している。

その時、館内放送が流れた。

『あ〜あ〜ショッピングセンター・ヨーゴスにお越しの皆様へ。余はタレナガース様である。本日のイベントのお知らせじゃ』

このうえなく耳障りな声がまたもやスピーカーから流れた。

「タレナガース!きさま、姿を現せ。正義の拳を食らわせてやる!」

エディーが苛立ちをあらわにした。

『ただいま皆様の前に現れ出でたるは我らがヨーゴス軍団のホープ、ブラック・ビザーンである。美しいであろう。ノーマルバージョンのビザーンの上に余が特製の活性毒素を丁寧にまんべんなく塗り重ねてあるゆえ、防御力は格段にアップしておるはずじゃ。さあてそこなるエディーよ、こやつのボディーを打ち抜けるかのう?ふぇっふぇっふぇ』

言いたいことを言いたいだけ言って放送は一方的に終わった。

ごおおああああ!

ただいまご紹介に預かりました。。。とでも言いたいのか、ブラック・ビザーンが誇らしげに胸をそらせて吼えた。

「ふん、ワンランク上のビザーン・ブラックバージョンってわけか。ご希望通り打ち抜いてやろうじゃないか。エリス、警備員と協力してもう一度買い物客たちの避難誘導を頼む」

「オッケー、任せて。さぁ皆さん、私と一緒に逃げましょう。警備員の皆さんはこの奥で逃げ遅れた人たちを通用口へ誘導してください」

エリスのテキパキした指示に、あたふたとただ戸惑っていた人たちもスイッチの入ったおもちゃのように動き始めた。

エリスは体が元の大きさにまで急激にしぼんでしまってにわかに動けなくなった松戸に、ここで動かず自分を待っているように言い残して買い物客の流れの先頭に立った。

―――ボクのほかにモンスターが?タレナガースはもう一体のモンスターを密かに仕込んでいたってわけか。。。ハハ、結局ボクは前座だったんだなぁ。人間からは見放され、極悪人からは謀られたか。まぁ自業自得ってところだよな。

松戸はショッピングセンターのよく磨き上げられた冷たい通路にゴロリと体を横たえ、仰向けになった。吹き抜けの向こうに、自分が落ちてきた4階の天井が見えた。歪んでいる。まるで目玉が何かで濡れているみたいだった。

 

バシイイン!

ブラック・ビザーンの大きな拳が飛来した。まるで小屋を粉砕する巨大な黒い鉄球のようだ。

それを間一髪かいくぐったエディーはすかさずビザーンの懐に入るや、ひじ打ちを胸板に撃ちこみ、くの字になった態勢の真下から垂直アッパーを山型の頭部に叩き込んだ。

ばもおおおお!

ブラック・ビザーンは大きな頭を揺らしながらよろよろと数歩後ろへ下がったが、両腕をいっぱいに広げるとすぐまたエディーめがけて突進してきた。

こやつに比べれば小兵のエディーだが、スピードのみならず破壊力でも並みのモンスターのそれを凌駕する。だがエディーのパンチもキックも何発喰らっても膝を床につかない、まるで不沈艦だ。

だが、そのタフさに舌を巻きながらもエディーは冷静だった。電撃を受けて突発的な動きをした予測のつかない松戸に比べ、ブラック・ビザーンはエディーを倒すというはっきりとした目的を持っているぶん対応がし易い。必ず自分に向かって真っ直ぐやって来るからだ。

ボゴオン!

何かが破裂したような音と共にエディーの蹴りがブラック・ビザーンの短い首にヒットした。ノーマルタイプのビザーンなら勝負を決める一撃になっただろう。

だが、性懲りもなく、ズシンズシンと周囲の店を揺らしながらブラック・ビザーンはエディーめがけてやってくる。

古典ホラー映画の怪物のように大きな手を広げてエディーを捕まえようと迫る。

その手を払いのけてわき腹にまわし蹴り!

今度は斜め上から打ち下ろすパンチが来た。

急角度で捻りこんでくる拳を避けきれず、エディーは腕をくの字に曲げ体をすくめてそれを受けた。

ずううん!

渦のアーマを貫いて重い衝撃と鈍痛が全身を走った。

さらに膝が対角線の斜め下から突き上げられた。

パンチの衝撃から立ち直りきっていないエディーの肩口に重機の如きニーキックが炸裂した。

今度はエディーが仰向けに通路にひっくり返った。衝撃と痛みで視界が歪む。

「くぅ!効くぜ。。。」

さすがに真打だけあってマッド・マッスルよりは役者が上だ。

だが倒れて終わるわけにはいかない。いついかなる時も最後に立っているのは自分でなければならないのだ。

―――そのわけがわかるか、松戸君。

エディーは歯を食いしばって両足を踏ん張った。立ち上がる彼の全身から闘気がオーラとなって立ち昇った。

上半身をいくら攻撃してもブラック・ビザーンは倒れない。

ならば、とエディーは狙いをビザーンの下半身に移した。わずかに腰を落とすと、掴みかかろうとするビザーンの両腕をかわし、膝頭に向けて素早くスライディングした。尖った槍の如きキックが狙い違わず膝頭に決まり、突進してきた頭でっかちのブラック・ビザーンは大きくバランスを崩した。

よろめく。

追い討ちをかけるようにエディーのローキックが今度は膝の後ろ側に決まった。

ごおおおん!

さらによろめく。止まらない。そのままフロアの中央にある太く丸い柱に頭から突っ込んだ。

ゴギッ!

鈍い音と共に柱の根元にいく筋ものひび割れが走った。

その柱は季節ごとのさまざまな飾りつけやポスターの掲示板であるとともに、全フロアを貫いて建物を支える芯棒のひとつでもあった。

ゴオオン!

堅いものが割れる太い音と共に円柱は根元のあたりから砕けるように折れ、内部の鉄骨をむき出しにしながら崩れ始めた。

「いけない!」

ゴゴゴゴゴ!

2人の大人が腕を広げても届かぬくらいの太い柱がスローモーションを見るようにゆっくりと倒れてゆく。

だが、上下のフロアとも繫がっている太い円柱は鉄骨の耐久性によって完全には崩れず、傾いたのみで辛うじて静止した。

しかしほっとしたのもつかの間、傾いた円柱はてこの作用で天井をえぐり、天井材がガタガタと剥離し始めた。

ピシピシッ!とひび割れが走り、天井に据えられている巨大なシャンデリアの根元に届いた。ひび割れはシャンデリアの固定具をパキパキン!と音を立てて弾き飛ばし、ぶら下がる重いシャンデリアを手放してしまった。

エディーはシャンデリアの真下で互いに身を寄せ合い抱き合っている母親と幼い娘の姿を認めた。

―――しまった!

エディーは母娘のもとへロケットのように猛然とダッシュした。ゴシック建築の教会の尖塔を逆さにしたようなガラスのシャンデリアは、大量のガラスの直撃を受けるだけでも致命傷になりかねないが、加えて真鍮製のフレームは重量20kg以上ある。か弱い女性と幼子には過酷過ぎる運命が目の前に迫っていた。

―――逃げろ!逃げてくれ!

だめだ間に合わない。

エディーの祈りはむなしく宙に消え、全身に絶望が満ちた。

ガシャアアアアン!

重いガラスが砕ける音がしてエディーはその場に凍りついた。

だが不思議なことにシャンデリアはガラスの破片を撒き散らせたものの、床に激突せずわずかに宙に浮いているではないか。

「あっ松戸君!」

そこには母娘を体の下に庇うように四つんばいになっている松戸がいた。間一髪、松戸は落ちてくるシャンデリアと天井材の下へ体を滑り込ませたのだ。パワースーツのモーターがフル回転して落下した重いシャンデリアと天井材を背中で支えている。

「なぜ?」

―――そんなこと、ボクにもわからないよ。

問いかけるエディーから松戸は目をそむけた。

松戸自身は割れたガラスを浴びて体のあちこちから出血してはいるが、彼の下で体をまるめて抱き合っている母娘はどうやら無事のようだ。

松戸の肉体はこのショッピング・センターに現れた時よりもふたまわり以上小さくしぼんでいる。今この瓦礫を支えているのはおそらくパワースーツの能力のみによるものであろう。

「松戸君、大丈夫か!?今手を貸そう。。。うわっ!」

ブモオオオ!

駆け寄って崩落したシャンデリアの残骸と天井材を払いのけようとしたエディーの側面からブラック・ビザーンが突っ込んできた。

「ぐっ!」

大型ダンプ並みのショルダータックルをまともに喰らったエディーはテナントのシューズ・ショップの中へと吹っ飛ばされた。金属フレームを組み合わせてある靴の陳列棚をなぎ倒し、店の奥の壁に激突してエディーは呻いた。

渦のエナジーで形成したアーマを纏っていても、今の一撃は体の芯にまでダメージを与えた。すぐに体は動きそうにない。

だがエディーは自分のことよりもあの母娘と彼女達を庇った松戸が気がかりであった。

そこへ、他の客達を通用口から逃がし終えた3人の警備員達が現場へ戻ってきた。桁外れのバトルが繰り広げられている危険地帯ゆえに、自分達も避難すべきであることはわかっていたが、彼らなりの責任感から逃げ遅れた客達がいないかを確かめに現場へ戻ってきたのだった。

そして案の定、彼らは救助を必要としている母娘を見つけた。

彼らはブラック・ビザーンのようすを横目で見ながら松戸の体の下にいる母娘の下へ駆けつけた。

「さぁ、手を伸ばして」

「大丈夫、私達が外まで連れて行ってあげます」

やさしく頼もしい声に母親は差し出された手を握り返した。

「さぁ、お譲ちゃんもおいで。よく頑張ったね」

母娘はそうして松戸の体の下から這い出して警備員達に身をゆだねた。

そして最後の警備員が松戸を見た。さっきは暴れるこいつから逃げていたのだ。こいつにメチャクチャにされた店がたくさんある。だが。。。

警備員はじっとシャンデリアと天井材の重みに耐えている松戸の腕に手を置いた。

「キミは大丈夫か?すぐみんなで助けに来るから諦めるなよ」

と言い残して母娘の後を追った。

「ふん、このくらいの重さなんかへっちゃらだよ」

体の下に誰もいなくなった松戸は、背に乗っているシャンデリアと天井材をガラガラと落としながら立ち上がった。彼は立ち上がることでガラスや建材の破片が母娘に降りかかるのを恐れてじっとしていただけだった。

ぐう。。。うええ。。。

松戸はまた腹を押さえながら苦しげに嘔吐した。どす黒い筋肉暴走剤を大量に吐き出した。彼自身、筋肉暴走剤に耐えられるようタレナガースの処置を受けているため意識を保っていられるが、人間である彼の肉体が闇の薬剤を拒絶しているのだ。つまるところ、彼はやはり人間なのだ。だが早い機会に適切な処置を施さねば、早晩彼の肉体は滅びてしまうに違いない。

松戸はよろよろと壁際まで歩き、もたれかかるとそのままずるずるとお尻を床に落とした。

警備員に連れられた母娘が今まさに業務用通用口から避難しようとしている。そのようすを松戸はじっと見ていた。

その時だ。

手を引かれて小走りで立ち去る幼い女の子が松戸を振り返ると、壁際で足を投げ出してへたっている松戸に向けてちっちゃい手を振った。

本能的に手を振り返そうとしたが、もう腕が上がらなかった。

 

(7)撃退

シューズ・ショップの奥から青い光が立ち昇り、直視できない眩い光の中心部からエディーが再び姿を現した。

だが、それは全身が深い海の色、ディープブルーに染まったエボリューションフォームのエディーだった。

体のいたるところに渦のパワーが渦巻く紋様を浮かび上がらせている。額の青いひし形のエンブレムの左右には鋭いしらさぎの羽根が広がって金色に輝いている。

「仕切りなおしといこうか」

エディー・エボリューションはわずかに胸をそらせた。

ごおおああああ!

ブラック・ビザーンが踊りかかった。そうだ。こいつのとりえはパワー!肉弾戦による破壊なのだ。背中と肩に盛り上がる人工筋肉に裏付けられた巨木の如きブッとい右腕がエディー・エボリューションの側頭部めがけて飛んできた。殺人ラリアットだ。無防備でこいつをまともに喰らえば、いかなエディー・エボリューションでも首があさっての方を向いてしまう。

ガシッ!

だが、その腕をエディー・エボリューションは両腕でガシッと受け止めて見せた。

ボモ!?

自分よりふたまわりも小柄な相手に自慢の腕力を軽くいなされて大いに驚いている。モンスターなりの自尊心も傷ついたか?だが、それでもこやつは戦うしかない。己に備わったものはヨーゴス軍団の濃厚活性毒素を重ね塗ってこしらえられたこのボディーだけなのだから。

ブラック・ビザーンは遮二無二エディー・エボリューションに飛びかかった。大きな拳が、大きなつま先が音を立てて繰り出される。その攻撃のことごとくを、エディー・エボリューションはきれいにブロックした。

「さぁ、時間が惜しい。もう終わらせるぞ」

言うなりエディー・エボリューションは素早くブラック・ビザーンの懐にもぐり込むや、体重を乗せた右ストレートをみぞおちに叩き込んだ!

ズドン!

声もなく体をくの字に曲げたまま、ブラック・ビザーンの巨体は綺麗に磨き上げられたショッピングモールの通路を数メートル後ろへ滑った。みぞおちにはエディー・エボリューションの拳の跡がくっきりと残っている。

それでもブラック・ビザーンはふたたび前へ出た。ただ目の前の敵を倒すためだけに産み出され、強化された悲しい存在。それがモンスターなのだ。

グオオオオ!

だがエディー・エボリューションは再びダッシュするや二撃目の拳を叩き込んだ。二発のパンチにひとつの跡。。。エディー・エボリューションの正拳は一撃目と同じ所へヒットし、モンスターは再び体をくの字に折って数メートル後退し、今度こそガクリと片ひざを床についた。内部メカニックのダメージは相当のものに違いない。

その気を逃さず、エディー・エボリューションは「はっ!」と気合もろともジャンプし、右足をまっすぐ自分の上体にくっつくほどに振り上げて、落とした!

神速のかかと落としは狙いたがわずブラック・ビザーンの山頂、いや頭頂部に食い込んだ。

グァシャ!

いやな音がしてブラック・ビザーンの頭部からパチパチと火花が散った。

「とどめだ」

言うなりエディー・エボリューションはわずかに腰を落として足を踏ん張った。

ひゅううううう!

エディー・エボリューションの足元から風が巻き起こった。彼の闘気が大気に作用して風を起こしたのだ。

ゴアアアア!

ブラック・ビザーンが再び立ち上がる。タレナガースの怨念など関係ない。それはもはやモンスターの本能であろう。

「激渦烈風脚!伏邪竜昇雲」〜げきかれっぷうきゃく・ふくじゃりゅうしょううん〜

踏ん張っていた足がパワーを解放し、エディー・エボリューションは青いつむじ風と化して超高速回転した。

ドガッ!ズドッ!ガキッ!ビシッ!

高速回転によって生み出される連続キックが次々とブラック・ビザーンの頭部を捉え、巨大な山型の頭部が歪み、破壊されてゆく。

そしてエディー・エボリューションの回転が終わった時、ブラック・ビザーンの巨体はハイスピード撮影のようにゆっくりと店舗のショーケースの中へ倒れこんだ。

エディー・エボリューションの超高速攻撃はついに巨体モンスターの頭部を粉砕し、行動停止に陥れたのだ。

そしてこのようすを見ていたタレナガースたちヨーゴス軍団の一行は、形勢圧倒的不利とみて既にさっさと退散していた。

 

ガシャガシャ!ガシャーン!

大きなシャンデリアの残骸をノーマルモードに戻ったエディーが払いのけた。

「大丈夫か、松戸君?」

エディーが落ちた天井材や大きなシャンデリアの残骸を越えて松戸の元へやって来た。腕をとり、腰に手を回して松戸が立ち上がるのに手を貸した。

松戸は黙っている。こんな時どう応えてよいかわからなかったからだ。

「さっきの、母娘は?」

蚊の鳴くような声で恐る恐る聞いた。まだ毒の影響が抜けきっていないとみえて痰がからんだような声だ。

「大丈夫だ。安全な所へ避難したそうだよ。君のおかげだ」

それを聞いて松戸は不意に気を失った。常人の肉体に戻った彼には、体内に残留する筋肉暴走剤は荷が重すぎたようだ。

 

気づいたとき、松戸は救急車の中に横たえられていた。

傍らにはエリスがいた。彼女がそう望んだのだ。

救急車が発進してしばらくは、ふたりとも黙ったままだった。が、唐突に松戸が口を開いた。

「認めて欲しかったんだ。。。」

「え?」

それは自分に言った言葉なのか、それともひとりごとなのか。。。

「声、だいぶ元に戻ったね」

エリスはあたりさわりの無い返事をした。実際松戸は気を失いながら何度も嘔吐し、そのたびに毒も抜けていったのか声も少しずつ人らしくなっていた。

「ボクは科学に一生を捧げたんだ」

―――知ってるよ。

「一生懸命研究に没頭した。それなりの発明もした。このパワースーツだって。。。」

「素晴らしい発明をしても、使い方を間違ったら意味無いわ」

「間違ったって!?キミだってあのスーツの力を見ただろ!工場であの力を見せつけた時のみんなのあの顔、あの目、ボクを尊敬していた」

松戸は思い出に陶酔していた。

「あの賞賛の視線を浴びたものは必ずまた欲しくなる!そのために力を誇示したくなるんだ。エディーだってそうだろ?」

「なんですって?」

「エディーだって、いつまでもみんなからヒーローヒーローってちやほやされたいからしんどい思いをして戦っているんだ。違うか?」

「違うわよ!ばか!」

エリスの大きな声に松戸も、同乗している救急隊員も驚いて彼女を見た。

「あなたはヒーローというものをまるでわかっていない。エディーは誰かに尊敬してもらいたくて戦っているわけじゃないわ」

松戸は訝しげな表情でエリスを見つめている。彼女の言う意味がよくわかっていないようだ。

「尊敬なんて求めるものじゃないわ。自然と集まってくるものよ。それにエディーはそんな評判を気にしたことなんてない。ただただ徳島県民が安らかに暮らせることだけを願っているのよ。松戸君、あなたも含めてね」

松戸はその言葉に少し驚いたようだ。視線をエリスから救急車の天井に移した。そして目を閉じた。

あの、自分に向けてかわいい手を振った女の子の姿を思い起こした。あの子の目に、自分はどう映ったのだろう?

「昔ね、キミによく似た人がいたよ」

何かを思い出しているようだ。エリスは黙って聞いている。

「一緒に科学を志していたんだ。変わったヤツでね」

―――私のこと?

「凄いひらめきをするヤツだった。なのに、他の連中のためにそのひらめきや発明を惜しげもなく開示してしまうんだ。そのおかげで仲間が上々の研究成果をあげると一緒になって喜んでいた。バカだ」

「うるさい」

「え?」

「い、いえ。。。なんでもないです」

エリスはうつむいた。

「ボクたちは互いに競争相手だった。科学者としての成果はもちろん、仲間を出し抜いてでも抜きん出なければ生き残れなかった。研究を続ける機会を取り上げられてしまうんだから」

「仲間なのに?」

「違う!競争相手だ。ライバルだ」

「ライバルでも仲間だよ。今自分で言ったじゃん、仲間って」

―――屁理屈を言うな。

松戸は口を尖らせた。

それを見たエリスはふふと小さく笑った。

―――昔とおんなじ癖だね、それ。

「何が可笑しいんだよ。まぁそうだな。哀れすぎて笑えてしまうか。。。」

「哀れとは思わないけど、もったいないとは思うよ。もっと世の中に役立つ発明をする力があるのに。また頑張りなよ」

松戸は視線をエリスに戻した。今度はじっとエリスを見つめた。

「キミ、本当にあいつに似ているな。あいつがここにいたらきっとおんなじ様なことを言うんだろうな」

エリスはほんの少し身を乗り出して尋ねた。

「また会ってみたい?その、昔の仲間に」

「実はこの間、偶然町で会ったんだ。いい顔をしていたよ。きっと毎日が充実しているんだと感じた。ボクとは大違いだ。だから、ろくに話もせずにその場から逃げ出したのさ」

―――そうか、この人はあの時既に大きな悩みを抱えていたのね。あの時呼び止めて話を聴いて上げていたら。。。

エリスは悔しさに拳を握り締めた。

「だけど今度こそ合わせる顔がなくなったなぁ。こんな罪を犯したんじゃ」

「罪を償ってやり直せばいいじゃない」

「ははは、それでも会ってくれるもんか。こんなマッド・サイエンティストなんかに」

しばらくエリスはじっと松戸の顔を見つめていた。

がんばれ。

がんばるのよ。

がんばりなさい。

そう3回心の中で語りかけて、口を開いた。

「わからないわよ。。。そんなの」

「あと2分で病院に到着します」

割って入るように救急隊員が告げた。

 

(8)本当のヒーローとは

「憧れと賞賛のまなざし。。。松戸君がそう言ったのかい?」

いつもの喫茶店で、ヒロはドクの話に耳を傾けていた。

「ええ。強い力を発揮した時の自分に向けられる人々の賞賛のまなざし。一度それを体験した者は二度と忘れられない。またあのまなざしを受けずにはいられなくなる。。。と」

なるほどねぇ。ヒロはため息に言葉を乗せてつぶやいた。

ひとつの道にまい進してきた者は、いつか誰かに認めてもらいたいものなのだろう。科学の道ひと筋に生きてきた松戸は、そんな気持ちを満たされることなく企業の歯車として生きてきたに違いない。

「ねぇ、ヒロ」

ドクは少しためらいながら、ヒロの顔を覗き込みながら遠慮がちに尋ねた。

コーヒーを飲みながら、ヒロは視線をドクに向けてその先を促した。

「ヒロはそんな気持になったことあるの?」

松戸に「エディーは違う!」と断言したドクだったが、こうしてふたりきりになると訊いてみたい気持を抑えられない。ヒロの口からはっきりとそんなことはないと言って欲しい思いが強くなった。

「そうだなぁ。全然無いと言えば嘘になるかなぁ」

「えっ?」

期待していた答えじゃない。ドクの胸に不安が広がった。

「大切な事は、その視線に込められているのは憧れや賞賛だけじゃないって気づくことさ」

ドクは体を乗り出した。本当のヒーローとは?今まで命がけで戦ってきたことの定義をエディーであるヒロ自身の口から聞いてみたい。

「その視線にはあこがれや賞賛と共に信頼が込められている。いかなる犠牲もいとわず正義に殉じる覚悟を持つ者への信頼の気持ち。あこがれだけなら遠巻きに見ているだろう。力を誇示するだけなら誰も近寄っては来ないさ。そのことに気づかないヤツは真のヒーローにはなれない。そして」

「そして?」

「その信頼に、俺たちは感謝の気持で応えなきゃならないと思う」

―――感謝の気持ち。

その感謝の気持を行いで示す。それこそがエディーの戦いなのだとドクは考えた。安心したように笑みを浮かべると、ようやく自分の前に置かれたコーヒーカップを口に運んだ。

「感謝の気持ちを忘れたら。。。」

つつー。

「うわべだけの正義になっちまう」

つつー。

―――?

ヒロは口に運んだコーヒーカップの下を覗き込んだ。ドクが伝票を人差指でヒロの前に押し出している。

「。。。ドクさん?」

「エディーの役に立つためにエリスはいつも一生懸命なのよね。時にはエディーの目となり耳となり、頭脳となり片腕となり」

ドクのまなざしがいつの間にか変わっていた。ヒーローの意味を問う真剣な目から、いつものいたずらっぽい目に。

「だから?」

「バイトのお金が入るのは明後日なのよ。よろしくヒロ、感謝の気持で」

胸の前で両手を合わせて拝むドクの姿に、ヒロも吹き出してしまった。

やれやれ。だけど確かにコーヒーくらいはお安い御用かな。

「おかわりなんだろ?ドク」

ドクの顔に笑みが広がった。

(完)